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パワーハラスメント(パワハラ)は、個人の尊厳を傷つけるだけでなく、企業の秩序を乱し、生産性を低下させる重大なコンプライアンス違反です。
本記事では、パワハラがコンプライアンス違反とはどのような状態を指すのか、その基本的な関係性から解説します。
企業が講じるべき具体的な対策や、違反と判断されるハラスメントの事例も紹介し、健全な職場環境の構築を支援します。
パワハラへの対応については「[使用者側弁護士が教えるパワーハラスメント(パワハラ)への対処法](https://www.labor-management.net/laborcolumn/056/)」で詳しく紹介しています。
目次
コンプライアンスとは、法令や社会規範、企業倫理などを遵守することを指し、企業活動の根幹をなす概念です。
一方、パワハラは労働者の人権を侵害し、安全な職場環境を脅かす行為であり、労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)をはじめとする各種法令に抵触します。
したがって、パワハラを放置することは、コンプライアンス体制に不備があることを意味し、企業としての責任を問われる直接的な原因となります。
ハラスメントの防止は、コンプライアンス経営における重要な要素の一つです。
コンプライアンスとは、一般的に「法令遵守」と訳されますが、その本質的な意味はより広範です。
法律や条例といった法令を守ることはもちろん、就業規則などの社内規程、企業倫理、さらには社会的な良識や期待といった社会規範に従うことも含まれます。
つまり、企業が社会の一員として、ステークホルダーからの信頼を得て事業を継続していくために、自らを律する全ての活動がコンプライアンスにあたります。
単に法律違反をしなければ良いというわけではなく、社会から求められる倫理観に基づいた誠実な行動が不可欠です。
パワーハラスメントが重大なコンプライアンス違反とされる理由は、複数の法的・倫理的側面に抵触するためです。
まず、労働者の人格権を侵害する違法行為であり、企業の「安全配慮義務」に違反します。
また、2020年6月に施行されたパワハラ防止法により、事業主にはハラスメント防止措置を講じることが義務付けられました。
この義務を怠ることは明確な法令違反です。
さらに、パワハラは職場の生産性を著しく低下させ、企業の社会的評価を損なう原因にもなり、企業統治や倫理の観点からも許されない行為とされています。
2022年4月からは、中小企業を含むすべての企業に対してパワハラ防止措置が義務化されました。
この法律(改正労働施策総合推進法)に基づき、事業主、つまり会社側には、以下の措置を講じる義務があります。
具体的には、パワハラを行ってはならない旨の方針を明確化し、全従業員に周知・啓発すること、相談窓口を設置して適切に対応できる体制を整備すること、そしてパワハラが発生した際に迅速かつ正確に事実関係を調査し、被害者への配慮や行為者への厳正な対処を行うことなどが求められています。
パワーハラスメントに該当するかどうかは、厚生労働省が示す3つの要素をすべて満たすかどうかで客観的に判断されます。
これらは、職場における言動が業務上の適切な指導の範囲を超えているかを見極めるための基準です。
ある行為がパワハラというコンプライアンス違反にあたるかを判断する際には、この3つの要素に照らし合わせて総合的に評価することが重要になります。
パワハラの第一の要素は、行為者が被害者に対して抵抗または拒絶することが難しい「優越的な関係」を背景としていることです。
この関係性は、職務上の地位(上司と部下など)に限られません。
専門知識や経験、同僚間の人間関係、集団と個人といった、さまざまな優位性が含まれます。
例えば、豊富な経験を持つ先輩社員が後輩に対して行う言動や、同僚が集団で一人を無視するようなケースも、この優越的な関係に該当する可能性があります。
第二の要素は、その言動が社会通念に照らして、業務上明らかに必要性のない内容であるか、またはその態様が相当な範囲を超えていることです。
例えば、業務上のミスに対して人格を否定するような暴言を吐く、あるいは達成不可能なノルマを課すといった行為がこれにあたります。
遅刻を繰り返す部下に対し、注意を促すことは業務の範囲内ですが、その際に他の従業員の前で大声で長時間にわたり叱責し続けるといった行為は、相当な範囲を超えたものと判断される可能性が高いです。
第三の要素は、その言動によって労働者が身体的または精神的に苦痛を感じ、能力の発揮に重大な支障が生じるなど、就業環境が看過できない程度に害されることです。
この判断は、平均的な労働者が同様の状況下でどう感じるかを基準とします。
特定の言動により、従業員が萎縮して業務に集中できなくなったり、精神的な不調をきたして休職に至ったりするケースは、就業環境が害されたと見なされます。
継続的な無視や暴言などが、これに該当する典型例です。
厚生労働省は、コンプライアンス違反となり得るパワハラの代表的な言動を6つの類型に分類しています。
これらの具体例を知ることは、自社の職場に潜むハラスメントのリスクを把握し、未然に防ぐために不可欠です。
実際の事案では、これらの類型が複数組み合わさって発生することも少なくありません。
以下に、6種類のパワハラ事例について解説します。
殴る、蹴る、物を投げつけるといった、相手の身体に直接的な危害を加える行為です。
これは最も分かりやすいパワハラの一類型であり、いかなる理由があっても許されません。
業務上の指導や注意の範疇を完全に逸脱しており、場合によっては刑法の暴行罪や傷害罪に問われる可能性もある極めて悪質な行為です。
書類で頭を叩く、胸ぐらをつかむといった行為も、この身体的な攻撃に含まれます。
相手の人格や尊厳を傷つけるような言動を指します。
具体的には、「給料泥棒」「使えない」といった侮辱的な発言、他の従業員の前での執責、脅迫的な言葉などが該当します。
また、相手の能力を過小評価し、名誉を毀損するような発言を繰り返すことも含まれます。
これらの言動は、被害者に深刻な精神的苦痛を与え、職場全体の士気を低下させる原因となります。
特定の従業員を意図的に孤立させ、職場内で疎外する行為です。
例えば、一人だけ別の部屋に席を移す、業務上必要な連絡を意図的に伝えない、挨拶をしても無視する、歓送迎会などの社内行事に意図的に声をかけない、といった行為が該当します。
このような行為は、被害者に孤独感や疎外感を与え、円滑な業務遂行を妨げる悪質なハラスメントです。
業務上明らかに不要なことや、到底遂行不可能なレベルの業務を強制する行為です。
例えば、新入社員に対して十分な教育を行わないまま、ベテランでも困難な量の仕事を押し付けたり、達成不可能な営業ノルマを課したりすることが挙げられます。
また、業務に必要な情報やツールを与えずに仕事を命じるなど、意図的に業務を妨害する行為もこの類型に含まれます。
大な要求とは逆に、従業員の能力や経験、キャリアを無視して、誰でもできるような程度の低い業務のみを命じる行為です。
例えば、営業職として採用された従業員に、理由なく一日中シュレッダー作業や草むしりだけをさせるケースがこれにあたります。
このような行為は、従業員の労働意欲を著しく低下させ、自主的な退職に追い込むことを目的としている場合もあり、悪質な嫌がらせと判断されます。
業務とは無関係な私的な事柄について、執拗に質問したり、管理しようとしたりする行為です。
具体的には、交際相手や配偶者の情報をしつこく尋ねる、休日の過ごし方を細かく報告させる、個人の思想や信条を否定する、といった行動が該当します。
また、本人の許可なく、プライベートな情報を他の従業員に言いふらすことも個の侵害にあたり、プライバシーを侵害する許されない行為です。
パワハラを防止し、健全な職場環境を維持するためには、企業や会社が組織としてコンプライアンス対策を体系的に講じることが不可欠です。
対策は、問題が発生する前の「予防策」、発生してしまった際の「発生時対応」、そして解決後の「事後対応」という3つのフェーズに分けて考えることが重要です。
これらの対策を継続的に実施することで、ハラスメントのリスクを低減し、従業員が安心して働ける組織文化を醸成します。
パワハラ防止対策の第一歩は、経営トップが「いかなるハラスメントも許さない」という断固たる姿勢を明確に示すことです。
このメッセージを社内報や朝礼、公式サイトなどを通じて繰り返し発信することで、全従業員に対してパワハラが重大な問題であるという認識を浸透させます。
トップの強いコミットメントは、コンプライアンス遵守の文化を組織全体に根付かせる上で極めて重要であり、管理職や従業員の行動規範の基盤となります。
パワハラをはじめとする各種ハラスメントの定義、禁止事項、そして違反した場合の懲戒処分について、就業規則に明確に規定することが法的義務となっています。
規定を作成するだけでなく、その内容を全従業員に周知し、理解させることが重要ですし、従業員に対し発達障害、自閉症である旨指摘した場合はパワハラに該当する可能性もあります。
パワハラに該当する可能性がある行為については「[上司等が従業員に対し発達障害、自閉症である旨指摘したことがパワハラと判断された事例](https://www.labor-management.net/laborcolumn/127/)」で詳しく紹介しています。
パワハラに関する知識や意識を向上させるため、全従業員を対象とした定期的な研修の実施が不可欠です。
研修では、パワハラの定義や具体例、自社の相談窓口、パワハラがもたらすリスクなどを学びます。
特に管理職層には、部下への指導方法やアンガーマネジメントといった、より実践的な内容を含めることが効果的です。
eラーニングや集合研修など、様々な形式を活用し、継続的に社内教育を行うことで、ハラスメントを許さない組織風土を醸成します。
従業員が安心してパワハラの相談をできる窓口の設置は、法律で定められた企業の義務です。
相談窓口は社内に設置するだけでなく、弁護士や専門機関といった外部の窓口も設けることが望ましいです。
重要なのは、相談者のプライバシーが厳守され、相談したことによって不利益な扱いを受けないことを明確に保証することです。
相談対応の担当者には十分な研修を行い、中立的かつ真摯な姿勢で対応できる体制を整える必要があります。
相談窓口にパワハラの申し出があった場合、企業は迅速かつ正確に事実関係を調査する義務を負います。
中立的な立場の担当者が、相談者と行為者とされる人物の双方から丁寧にヒアリングを行います。
必要に応じて、周囲の従業員など第三者からも話を聞き、客観的な証拠を集めます。
この調査プロセスにおいては、関係者のプライバシー保護を徹底し、予断を持たずに公平な視点で対応することが極めて重要です。
労働組合からパワハラを訴えられた際の対応については「[労働組合がパワハラを訴えてきた際の対応](https://www.labor-management.net/laborcolumn/034/)」で詳しく紹介しています。
事実調査の結果、パワハラの事実が確認された場合、企業は速やかに適切な対応を取らなければなりません。
まず、被害者に対しては、本人の意向を尊重しながら、配置転換や加害者からの謝罪、メンタルヘルスケアの提供など、必要な配慮措置を講じます。
一方、加害者に対しては、就業規則に基づき、厳正な懲戒処分(けん責、減給、出勤停止、懲戒解雇など)を行います。
処分内容は、行為の悪質性や被害の程度に応じて決定されます。
個別の事案への対応が完了した後、最も重要なのが再発防止策の実施です。
同様の問題が二度と起こらないよう、職場環境の改善に取り組みます。
具体的には、全従業員を対象とした無記名アンケートを実施して職場の実態を把握したり、改めてハラスメント防止の重要性を周知するためのフォローアップ研修を行ったりします。
このような継続的な対応を通じて、社内全体の意識改革を促し、より健全な組織文化を構築します。
パワハラのコンプライアンス違反を放置することは、会社に多岐にわたる深刻なリスクをもたらします。
これらは単に職場の問題に留まらず、企業の存続そのものを脅かす可能性を秘めています。
法的な責任を問われるだけでなく、社会的信用の失墜や人材の流出といった経営上の大きな打撃につながるため、企業はパワハラのリスクを正確に認識し、万全の対策を講じる必要があります。
パワハラが発生した場合、企業は法的責任を問われる可能性があります。
被害者から、安全配慮義務違反や使用者責任を根拠に損害賠償を請求される民事訴訟に発展するケースは少なくありません。
訴えられた場合、多額の賠償金の支払いが必要になることがあります。
また、暴行や脅迫など悪質なケースでは、行為者が刑事責任を問われることもあります。
さらに、パワハラ防止法に基づく行政からの助言・指導・勧告に従わない場合、企業名が公表されるリスクもあります。
パワハラの事実が報道やSNSなどを通じて社会に知れ渡ると、企業のブランドイメージは大きく傷つきます。
特に近年では、コンプライアンス意識の低い会社というレッテルを貼られ、「ブラック企業」と認識されるリスクが高まっています。
このような評判の悪化は、顧客や取引先からの信頼を失うことにつながり、製品の不買運動や取引停止など、事業活動に直接的な悪影響を及ぼす可能性があります。
一度失った社会的信用を回復することは容易ではありません。
パワハラが横行する職場では、従業員のメンタルヘルスが悪化し、モチベーションが著しく低下します。
優秀な人材が働きがいを感じられずに次々と離職してしまい、組織全体の生産性も落ち込みます。
さらに、企業の悪い評判は口コミサイトやSNSを通じて瞬時に広がるため、採用活動にも深刻な影響を及ぼします。
応募者が集まらなくなったり、内定辞退が相次いだりするなど、将来の事業を担う新たな人材の確保が極めて困難になります。
ここでは、パワハラとコンプライアンスに関して、企業の担当者から寄せられることの多い質問とその回答を紹介します。
具体的な判断基準や罰則の有無について正しく理解することは、適切な対策を講じる上で重要です。
「業務上の必要性」と「言動の相当性」で判断します。
業務上の必要性があり、社会通念に照らして相当な範囲で行われるものが「適切な指導」です。
一方で、人格否定や暴力など、業務の目的を逸脱した言動はパワハラと判断されます。
その言動の目的や手段、頻度、当事者間の関係性などを総合的に考慮して判断する必要があります。
パワハラ防止法自体に、違反した企業への直接的な罰則規定はありません。
しかし、会社が法律で定められた防止措置を講じず、行政からの是正勧告にも従わない場合、企業名が公表される可能性があります。
また、コンプライアンス違反の結果として、被害者から民事上の損害賠償請求をされるリスクがあり、これが実質的なペナルティとなります。
パワハラは、個人の問題ではなく、組織全体で取り組むべき重大なコンプライアンス課題です。
パワハラ防止法で定められた企業の義務を果たすことはもちろん、経営トップの強い意志のもと、予防策から事後対応まで一貫した対策を講じることが求められます。
ハラスメントを許さない職場環境を構築することは、法的リスクや経営リスクを回避するだけでなく、従業員のエンゲージメントを高め、企業の持続的な成長を支える基盤となります。
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この記事の監修者:樋口陽亮弁護士
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