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弁護士の平野剛です。労働者が在職中及び退職後に行った顧客や従業員の引抜行為に対する損害賠償請求の可否が問題となった裁判例(東京地裁令和6年9月24日判決)をご紹介します。
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目次
本件の原告会社は、いわゆるIT関連の企業でアプリの開発、運用や、顧客先企業へエンジニアの労働者派遣などを行っていました。
被告A1は原告の設立時に取締役で代表取締役に就任していた時期もありましたが、取締役退任後は原告と労働契約を締結し、その後に退職した者です。他に原告と労働契約を締結していたもののA1と同時期に原告を退職した被告A2、A1及びA2が原告を退職後に所属していた競業企業である被告会社、引抜行為当時の被告会社の代表者である被告A4が訴訟当事者となりました。
被告A1及びA2は、原告に在籍中から、原告の顧客に対して被告会社との間での業務委託契約を締結するように働きかけて契約を成立させたり、退職後も同様に原告の顧客と被告会社との間での契約を締結させたり、原告の従業員を被告会社へ引き抜いたりするなどしました。
原告会社においては、労働者の競業避止について、就業規則に以下の定めがありました。
第●条 従業員は在職中、退職後2年間は、会社と競業する企業に就職したり、役員に就任するなど直接・間接を問わず関与したり、または競業する企業を自ら開業したりしてはならない。なお、本条に違反した場合は、それにより会社が被った一切の損害を賠償する責任を負う。
この就業規則の定め以外に、原告では従業員の入社時や退職時に秘密保持や競業避止について定めた合意書や誓約書を取り付けていませんでした。
そこで、原告は、被告らの行為が不正競争防止法違反または債務不履行(就業規則に基づく競業避止義務違反)にあたると主張し、損害賠償請求をしました。本件では争点が多岐にわたりますが、競業避止義務に関する部分に絞って解説します。
裁判所は、在職中について「労働者は、労働契約において、その在職中、使用者に対する誠実義務及び職務専念義務を負っている」ことを根拠として、在職中に競業する企業に就職するなどの関与をすることを禁止する部分については、合理的な労働条件を定めたものと認め、労働契約の内容となり同規定に基づく義務を負うと判断しました。
他方で、退職後の競業禁止については、主に以下の事項を列挙して、公序良俗違反で無効であると判断しました。
・ 在職期間中の地位、役職等に関係なく、退職後にその職種や態様を問わず、競業企業に直接又は間接に関与する行為を包括的に禁止するもの
・ 人材派遣や個人的な紹介等を通じて、競業企業の指示の下にシステム開発等の業務の一部に従事するにすぎないような場合でも禁止対象となり、SEの知識、技術、経験を生かしてシステム開発等の業務を継続することを事実上不可能とし、禁止される業務の範囲が広汎に過ぎる
・ 2年という期間はシステム開発分野の技術の進歩等を考慮するとSEとしての再活動に困難をきたす可能性がある
・ 禁止される地域の範囲の限定もない
裁判所は、被告A1及びA2が原告在籍中に被告会社のために顧客の担当者と協議するなどしていたものと推認しました。そのうえで、在職中に、勤務先がその取引先から受注していた業務につき、これを競業企業に受注させるため、当該取引先と必要な協議等を行い、当該取引先と当該競業企業との間で、自己及び他の複数の従業員を当該業務に従事させることを内容とする契約を成立させたという点において、背信性が高く、社会的相当性を逸脱するといわざるを得ないから、不法行為法上の違法性が認められると判断しました。
退職後の行為については就業規則に基づく競業避止義務を負っていないとされたものの、別途不法行為にあたらないかが検討されています。この点、裁判所は、退職後に被告らが被告会社と顧客との間で契約を成立させたことについては、社会的相当性を逸脱したものとはいえず、不法行為にあたらないと判断しました。
被告らが原告の従業員らに被告会社への転職を勧誘した行為について、裁判所は「最終的には各労働者がその自由な意思に基づいて決定すべき事柄であることを考慮すると(中略)直ちに、使用者に対する不法行為となるということはできず、その行為態様が、従来の勤務先の経営状態等について虚偽の事実を告知して執ように転職を勧めるなど、社会的相当性を逸脱し、極めて背信的方法で行われた場合に限って、不法行為法上の違法性が認められる」と述べ、本件ではそのような行為があったとは認められないとして、不法行為は成立しないと結論付けました。
個別合意に基づく競業避止条項の有効性については昨年8月に岸田弁護士も解説していますが、個別合意の場合でも退職後の競業避止条項が有効と認められるハードルはかなり高いです。
本件の競業避止の定めは就業規則によるものという位置づけで労働者本人の関与がないものであることに加え、労働者の個々の事情に関わらずに一律に適用されるものであり、また、SEの業務の特性もあり、退職後の競業避止義務までは肯定されにくい事案であったと言えます。
本件は、労働者が会社に突然内容証明を送って退職の意思表示をしたというケースで個別合意が難しかったと思われますが、個別合意が可能であれば、企業の利益を防衛するためには、欲張って広く禁止するのではなく、本当に守るべき利益に限定して禁止する合意を取り交わすのが最も現実的かつ効果的かもしれません。例えば、競業取引の禁止対象となる顧客先を具体的に列挙して期間を限定した合意書を取り交わすというのも1つの方法かと思います。そのように限定していれば、裁判で有効と認められるかどうかは別として、労働者側に対する抑止的効果も大きいのではないかと思われます。
個人的には、退職後の競業避止については、職業選択の自由(憲法22条1項)もあるためハードルが高いのは理解できるものの、在職中からの一貫した連続性・継続性のある競業行為については現在の裁判実務よりも違法性が肯定される場面が多くてもよいのではないかと思っています。そのような行為は、一般に背信性が強く、自由競争という観点から不当と評価できる場面が多いとも思われますが、その点の立証や法的評価を裁判所側でもう少し柔軟に考えて欲しいと、日々ご相談を受けたり、このような裁判例を見たりする度に思います。
本件では、不正競争防止法違反と認められた秘密情報の使用の事実があったため、在職中の競業行為についても裁判所は「推認」という方法をとりましたが、一連の計画に基づいて在職中から継続してなされた退職後の行為についても、同様の態度で臨んでもらいたいと願います。
この記事の監修者:平野 剛弁護士
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