労働契約法14条、北京ルールと上海ルール

労働契約法14条、北京ルールと上海ルール

労働契約法第14条

労働契約法第14条2項は以下の通り定めている。

「使用者と労働者が協議により合意に達すれば、固定期間のない労働契約を締結することができる。

下記の状況のいずれかがあり、労働者が労働契約の更新、締結について提起又は同意した際は、労働者が固定期間のある労働契約の締結を提起する場合を除き、固定期間のない労働契約を締結しなければならない。

(1)労働者が当該使用者において連続満 10 年勤務している場合

(2)使用者が労働契約制度を初めて実施するか、又は国有企業が制度改革により新たに労働契約を締結する時点で、労働者が当該使用者において連続満 10 年勤務しており、かつ法定退職年齢まで 10 年に満たない場合

(3)固定期間のある労働契約を連続して 2 回締結し、かつ労働者に本法第三十九条並びに第四十条第 1 項、第 2 項の規定する情況がないときに、労働契約を更新する場合」

 

この中で特に問題となるのは、労働契約法第14条2項3号であり、「労働契約を更新する場合」の定義である。

現在、上海市で適用されるルールとその他の都市で適用されるルールが異なる。

北京ルールと上海ルール

労働契約法第14条2項3号によれば、固定期間労働契約を連続して2回締結し、かつ労働契約法第39条(即時解雇)及び第40条第1項、同条第2項(無過失解雇)の規定する状況が無く、労働契約を更新する場合は無固定期間労働契約を結ばなければならないとされている。

ここで問題となるのは「労働契約を更新する場合」の意義である。
労働契約法が制定された直後は、「労働契約を更新する場合」というのは、従業員と企業が双方更新を希望する場合を指し、企業は無固定期間労働契約を締結するか、あるいは雇用を継続しないかを判断できるとの見解があった。

しかし、その後、企業側が無固定期間労働契約を結ばない選択肢を有するとなると、無固定期間労働契約への転換を設けた趣旨が没却されるとして、当該2回目の労働契約が終了する場合、従業員が労働契約の更新を希望すれば、企業は無固定期間労働契約を締結しなければならないとの見解が有力となり、現在では通説的見解を占めている(北京ルール)。

もっとも、上海市高級人民法院が2009年3月3日に公布した「労働契約法の適用の若干問題に関する意見」4条4項において、「労働契約法」第14 条第2項第(3)号が定める固定期間がない労働契約を締結すべき時期・場合とは、固定期間がある労働契約を連続2回締結した後に、労働者と 3 回目の労働契約を締結する時であって、その時に労働者が固定期間がない労働契約の締結を求めた場合をいうこと。」と述べている。

この文言を素直に読めば、「労働者と3回目の労働契約を締結する時」は無固定期間労働契約を締結しなければならないが、企業が労働者と3回目の労働契約の締結を希望しない場合は、無固定期間労働契約を締結しなくともよいと解釈することができる(上海ルール)。そのため、上海市の労働仲裁や裁判では、現在上海ルールにもとづいて無固定期間労働契約への転換の紛争処理を判断している。

また、同意見の第4条第2項は「労働者は無期労働契約を締結する条件に適合するが、企業と固定期間労働契約を締結した場合は、「労働契約法」第14条及び「労働契約法実施条例」第11条の規定により、該当固定期間労働契約は双方当事者に拘束力を有する。労働契約期間が満了する際、該当契約は終了する。」と定めている。

この文言を素直に読めば、固定期間労働契約2回以上締結したとしても、企業は最後の労働契約を期間満了により終了させることができることになる(上海ルール 但し後述の通り勤続期間が連続10年を超える場合は企業が期間満了により労働契約を一方的に終了させられない)。北京ルールでは、無固定期間労働契約の締結条件(2回以上締結もしくは10年以上連続勤続)を満たした従業員の労働契約を期間満了により終了させることはできないこととは対照的である。

地域別の具体的な差異は以下の通りとなる。

上海市では、3回目の契約更新は、企業と労働者の双方合意が必要とされている。企業は契約更新の意思表示を示さなければ、無固定期間労働契約の締結義務が生じない。

一方、北京や江蘇省などでは、2回目の労働契約が期間満了する際に、労働者が同意しない限り、企業は固定期間労働契約を締結することや、労働契約を終了させることができないとされている。

従って、上海市では、2回目以降(3回目も4回目も同様である)の労働契約が期間満了で終了する際、企業は労働者に対し契約を更新しない旨を示し、労働契約を終了させることができる。

この場合は、上海市では通常の契約終了であり違法解除にならないが、北京市や江蘇省などでは労働契約の違法解除に当たる。

もっとも、労働契約を更新する際に法的に無固定期間労働契約を締結すべきであるが、企業・労働者双方が固定期間労働契約を締結した場合において、詐欺や脅迫などの事由がなければ、その固定期間労働契約は有効なものとされている。この点について、上海市と北京市(江蘇省)は同じである。

江蘇省・北京市の規定について

1 江蘇省の規定について

「江蘇省労働契約条例」(2013年5月1日実施)第18条は以下の通り定めている。

「労働契約法」が実施された後、企業は労働者と固定期間労働契約を2回連続して締結し、且つ労働者に「労働契約法」第39条又は第40条第1号第2号に定める事由がない場合は、企業は、2回目の労働契約が期間満了する30日前をもって、無固定期間労働契約が締結できる旨を書面にて労働者に告知しなければならない。

労働者が企業にて連続満 10 年勤務している場合、企業は労働契約が期間満了する30日前をもって、無固定期間労働契約が締結できる旨を書面にて労働者に告知しなければならない。

 

労働者によっては2回固定期間労働契約を締結した後に無固定期間労働契約を締結できることを知らないことがある(実務上はこのようなケースが多い)。

この規定は、労働者に無固定期間労働契約を締結できる機会を与えるための手続きを具体的に定めたものである。企業が漫然と固定期間労働契約を何度も更新し続けることを防ぐための規定である。

「江蘇省労働契約条例」第19条は以下の通り定めている。

労働契約期間満了前、無固定期間労働契約の締結条件に適合する労働者が固定期間労働契約を締結する旨を書面にて要求しておらず、又は労働契約の終了も書面にて要求しておらず、労働契約期間満了後に継続して企業で勤務している場合は、労働者が企業と無固定期間労働契約を締結することを同意したものと看做す。

 

企業が固定期間労働契約を締結せず、漫然と労働者に勤務させている場合は無固定期間労働契約を締結することを事実上義務付ける規定である。これも、企業が漫然と固定期間労働契約を更新し続けることを防ぐための規定である。

2 北京の規定について

「北京市高級人民法院、北京市労働争議仲裁委員会の労働争議案件法律適用問題に関する研究会の会議紀要」第34条

Q:企業と労働者は固定期間労働契約を2回連続して締結した場合、2回目の固定期間労働契約が期間満了する時、企業は労働契約を終了させることができるか?

A:「労働契約法」第14条第2項第3項の規定により、労働者は固定期間労働契約の締結又は労働契約の終了を選択する権利を有するが、企業は固定期間労働契約の締結又は労働契約の終了を選択する権利を有しない。上述の場合、労働者が無固定期間労働契約の締結を要求し又はその更新を同意する場合、企業は労働者と無固定期間労働契約を締結しなければならない。

 

北京市が北京ルールを採用していることを裏付ける高級人民法院、労働争議仲裁委員会研究会の回答である。

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この記事の監修者:向井蘭弁護士


護士 向井蘭(むかい らん)

杜若経営法律事務所 弁護士
弁護士 向井蘭(むかい らん)

【プロフィール】
弁護士。
1997年東北大学法学部卒業、2003年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。
同年、狩野祐光法律事務所(現杜若経営法律事務所)に入所。
経営法曹会議会員。
労働法務を専門とし使用者側の労働事件を主に取り扱う事務所に所属。
これまで、過労死訴訟、解雇訴訟、石綿じん肺訴訟。賃金削減(就業規則不利益変更無効)事件、男女差別訴訟、団体交渉拒否・不誠実団体交渉救済申立事件、昇格差別事件(組合間差別)など、主に労働組合対応が必要とされる労働事件に関与。近年、企業法務担当者向けの労働問題に関するセミナー講師を務める他、労働関連誌への執筆も多数

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