「給与明細上仮払いとされている無事故報奨金が基礎賃金に含まれるか」

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給与明細上仮払いとされている無事故報奨金が割増賃金計算の基礎賃金に含まれるかが争われた事件(大阪地裁R6.9.13判決)をご紹介致します。

給与明細上仮払いとされている無事故報奨金が基礎賃金に含まれるか

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1.事案の概要

被告は、主に食品物流を事業内容とする株式会社であり、本店所在地に業務スーパー営業所を、滋賀県近江八幡市にc営業所を設置しています。
原告は、平成30年6月、被告に再雇用された従業員であり、c営業所に在職し、保冷車に乗務して食品類を配送する業務に従事していました。
被告の賃金規程には以下の定めがありました。
「(無事故表彰)
第17条 従業員の内、正社員の運転手の主任以下で、車両事故の発生のない者に対し3ヶ月を目途に評価の対象として表彰する。」
被告では、令和2年1月頃までは、賃金規程17条に基づき、受給資格のある従業員に対し、給与明細上、1か月目と2か月目は各2万円を仮払いし、3か月目に6万円を支給して仮払金4万円を被告に返還させる形にして、無事故報奨金(給与明細上の標記は「無事故表彰」)を支給していました(給与明細では、3か月目に「無事故表彰」として6万円を支給し、「仮払金」として4万円を控除)。しかし、令和2年3月分の給与からは、無事故報奨金について、給与明細には記載せず、銀行振込みではなく、「無事故報奨金」と記載された祝袋に現金を入れて、毎月2万円を支給するようになりました。
その後、令和5年6月分からは、無事故報奨金を仮払いする運用を取りやめ、3か月無事故の場合、3か月目に6万円を支給していました。

2.被告の主張

⑴ 1か月目および2か月目の支払はあくまで仮払いである。仮払いの趣旨は、事故を起こせば仮払金を返金しなければならないという危機意識を持たせ、3か月無事故を続ければ賞金6万円を得られるという実感を持たせることで、無事故を継続する意識を持たせるためである。
⑵ 3か月の間に事故を起こした場合、無事故報奨金を支払うか、いくら支払うかは被告の裁量による。事故1回の場合、裁量に基づき無事故報奨金を4万円としたにすぎない。

3.裁判所の判断

⑴ 令和2年10月分から令和5年5月分まで
仮に、会計処理としては被告の主張するとおりになされていたとしても、被告は、従業員に対し、1か月間無事故の場合に毎月2万円を「無事故報奨金」と記載された祝袋に入れて現金で支給していたのであり、3か月の間に1回事故を起こすと、事故を起こした当該月の分については、無事故報奨金は支給されないものの、残りの2か月については、毎月2万円ずつが現金で支給されていたというのである。
「1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」(労基法施行規則21条5号)が除外賃金とされた趣旨は、毎月支払われるものではなく、計算技術上の困難を伴うためであるところ、上記のような運用の下では、事実上、1か月当たり2万円の無事故報奨金が支給されていると評価することができるから、計算技術上の困難を伴うという上記の趣旨は当てはまらない。よって「1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」には該当しないというべきである。
また、「臨時に支払われる賃金」(労基法施行規則21条4号)とは、臨時的、突発的事由に基づいて支払われたもの及び結婚手当等支給条件は予め確定されているが、支給事由の発注が不確定であり、且つ非常に稀に発生するもの」をいうところ(昭22.9.13発基17号)、被告における無事故報奨金の支給実績を見ると、ほぼ毎月2万円を支給されており、支給されない月の方が稀であることからすると、「臨時に支払われた賃金」にも該当しない。
よって、上記期間については、無事故報奨金はいわゆる除外賃金には当たらないというべきである。
⑵ 令和5年6月分及び同年7月分について
被告においては、令和5年6月分からは、無事故報奨金について、月額2万円を仮払いする運用を取り止め、3か月間無事故の場合に、3か月目に6万円を支給することに改めている(すなわち、文字どおり、3か月無事故である場合でなければ無事故報奨金の支給は受けられず、1か月当たり2万円を前提とする運用がなされなくなった)ことは争いがない。
かかる運用状況によれば、「毎月支払われるものではなく、計算技術上の困難を伴う」という趣旨が当てはまることになるから、無事故報奨金は「1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」に該当し、いわゆる除外賃金に当たるというべきである。

4.まとめ

被告の主張は仮払いということですが、実際には現金で2万円支給されており、事故を起こしてもその月に支給されないだけで、ほかの月には支給されていたようです。令和5年の事件ですので、おそらく訴訟提起後に、3か月間無事故の場合に、3か月目に6万円を支給する方法(賃金規程にそった運用)に改めたものと思われます。
当初から、このような運用をしていれば基礎賃金には含まれなかったですし、事故を起こした月以外にも2万円支給する方法もとっていなければ結論は変わったかもしれません。
従業員にとってよかれと思って行ったことだと思いますが、規程と異なる運用をすると、このような判断になることがある点は注意が必要だと思います。

 

 

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この記事の監修者:岡 正俊弁護士


岡 正俊(おか まさとし)

杜若経営法律事務所 弁護士
弁護士 岡 正俊(おか まさとし)

【プロフィール】
早稲田大学法学部卒業。平成13年弁護士登録。企業法務。特に、使用者側の労働事件を数多く取り扱っています。最近では、労働組合対応を取り扱う弁護士が減っておりますが、労働事件でお困りの企業様には、特にお役に立てると思います。

当事務所では労働問題に役立つ情報を発信しています。

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