「リモートワーク可能性と配転命令の業務上の必要性」

35年行われてきた定期昇給、労使慣行は成立するか?

今回ご紹介する裁判例は、配転命令に対して「勤務地限定合意があった」「リモートワークでも対応可能」等の主張がなされたものの配転命令を有効と判断した事案です(東京地裁令和6年1月30日判決・労経速2559号)。そのほかにも論点がありますが省略します。

 

お電話・メールで
ご相談お待ちしております。


 

1 リモートワーク可能性

働き方改革、コロナ禍を経てリモートワークや在宅勤務が普及しました。ただ運用をしていくなかで、良い面、悪い面がみえてきて、会社によってはこれらを認めずフル出社に戻しているところもあります。どのような制度にも当然のことながら良いところと悪いところがあります。どこを会社として重視していくかの問題であり、そこは経営判断といえます。しかし、従業員によっては在宅勤務前提での生活設計をしていたり、リモートワークの便利さに慣れてしまって出社することに否定的になり、会社の指示に応じないケースも見受けられます。従業員から出てくる主張としては「この業務は在宅勤務でも支障なくできていたのでわざわざ出社する必要はないですよね?」や「リモートワークで対応可能なので、転勤する必要はないですよね?」というものです。

2 事案の概要

 今回ご紹介する裁判例は、歯科衛生用品その他の衛生用品等の販売等を業とする会社で、支社から本社への配転を命じた事案です。
原告である労働者は、異動を打診された際、離婚して東京都内の原告名義のマンションに単身生活しており、居住を続ける前提で元夫名義の住宅ローンを支払い続けており、東京の自宅を離れることができないとの理由でこれを断ったという経緯があります。また住宅ローンの支払を続けながら二重生活を強いられ、通勤用自動車も購入しなければならないなど、配転命令による不利益も大きいと主張していました(不利益の程度)。
 勤務地について、会社が勤務地を東京都・転勤なしの条件で求人募集をかけており、その条件を前提として応募し、内定に至ったとして、勤務地限定の合意を主張しました(勤務限定の合意)。
 これに対して会社は、就業規則に転勤の規定があることや、当初の募集要項には「転勤なし」の記載があったものの、転職エージェントに記載の変更を指示し、面談でも転勤の可能性があることは説明したと主張しました。
 原告は、そもそも配転の必要性がないことや、支社でのリモートワークで十分対応可能であると主張しました(業務上の必要性の有無)。
これに対して会社は、担当業務としての必要性があることに加え、原告が支社で課長職に昇進した後、部下への残業強要、残業記録を残さないことの強要、社員への悪口、気に入らない部下に仕事を与えない等のパワハラともいえる言動があり、加えて直属上司との折合いが極めて悪いなど、支社の職場環境改善を図る必要もあったと主張しました。

3 裁判所の判断

裁判所は、勤務地限定合意の有無について、求人要項の記載は「あくまで申込みの誘因であって、直ちに雇用契約の内容となるものではない」としたうえで、会社から転勤について「99.9%ない」「無しとは書けない」という説明があったことから、転勤を命ずる可能性は高くはないが無いとはいえないという認識を前提に契約締結に至っているため、勤務地限定合意を認める余地はないと判断しています。
 業務上の必要性については、業務内容として異動先での担当業務について合理的であることや、上司と原告の関係悪化は容易に修復し難いレベルに達していたこと等を踏まえれば、会社の合理的運営に寄与するものであると判断しました。
 リモートワークについては、「原告は、セレクションカタログ事業はリモートワークで対応可能であるとも主張するが、リモートワークを採用するか否かは被告の経営上の裁量に属する事柄であり、被告が当該事業はリモートワークになじまないと判断する以上、配転の必要性を否定する理由にはならない。」と判断しています。
 配転命令に伴う不利益については「自宅マンションに居住することができないことに伴う精神的苦痛や、住宅ローンその他原告の経済的問題に過ぎない。住宅ローンについては、本件配転命令の時点で元夫から原告への債務者変更が完了しており、自ら金融機関と交渉し、場合によっては賃貸や売却を検討するなど、様々な対処の方法は考えられるうえ、被告からも転勤や引越に伴う費用のほか、転勤後の住宅補助として月額5万円を支給するなど、原告の経済的不利益を補填する条件を提示していることに照らしても、原告の不利益は、勤務地限定合意を伴わない雇用契約を交わした以上は、通常甘受すべき範囲内のものと言わざるを得ない。」と判断しています。

4 リモートワークで対応可能ですよね?への対応

 リモートワークを採用するか否かは「経営上の裁量に属する事柄」と述べている点が参考になります。「リモートワークがダメな理由」を積極的に会社が述べる必要があるのではなく、経営上の裁量であることを前提に、その裁量に逸脱や濫用があることを労働者側が積極的に立証していく必要があるということです。ただこの事案は出勤や転勤が前提となっている事案であり、もともと勤務地が在宅、リモートワークになっている場合は、出社を命ずる必要性や根拠を会社側が示す必要があります。さらに現在は雇入れ時の勤務場所のほか、変更の範囲を明示することになっているため、そこにどのような記載があるかも配転命令の有効性に関わってくると思われます。

 

その他の
取り扱い分野へ


 

この記事の監修者:岸田 鑑彦弁護士


岸田鑑彦(きしだ あきひこ)

杜若経営法律事務所 弁護士
弁護士 岸田鑑彦(きしだ あきひこ)

【プロフィール】
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。平成21年弁護士登録。訴訟、労働審判、労働委員会等あらゆる労働事件の使用者側の代理を務めるとともに、労働組合対応として数多くの団体交渉に立ち会う。企業人事担当者向け、社会保険労務士向けの研修講師を多数務めるほか、「ビジネスガイド」(日本法令)、「先見労務管理」(労働調査会)、労働新聞社など数多くの労働関連紙誌に寄稿。
【著書】
「労務トラブルの初動対応と解決のテクニック」(日本法令)
「事例で学ぶパワハラ防止・対応の実務解説とQ&A」(共著)(労働新聞社)
「労働時間・休日・休暇 (実務Q&Aシリーズ) 」(共著)(労務行政)
【Podcast】岸田鑑彦の『間違えないで!労務トラブル最初の一手』
【YouTube】弁護士岸田とストーリーエディター栃尾の『人馬一体』

当事務所では労働問題に役立つ情報を発信しています。

その他の関連記事

使用者側の労務問題の取り扱い分野

当事務所は会社側の労務問題について、執筆活動、Podcast、YouTubeやニュースレターなど積極的に情報発信しております。
執筆のご依頼や執筆一覧は執筆についてをご覧ください。