上司等が従業員に対し発達障害、自閉症である旨指摘したことが違法とされた事例

上司等が従業員に対し発達障害、自閉症である旨指摘したことが違法とされた事例

 

お電話・メールで
ご相談お待ちしております。

1 発達障害という言葉の普及と安易な決めつけ

「発達障害」という言葉が世の中に広まるにつれ、「あの社員は発達障害なので、周りに迷惑をかけて困っている」等の相談が増えてきました。もっとも、発達障害か否かは医師等の専門家でも判断が難しく、非専門家が安易に決めつけ、対象従業員に「あなたは発達障害だ」などと発言することは名誉棄損に当たる可能性があります。

すでに裁判例でも問題になっている事例が出てきております。本号では、上司等が従業員に対し発達障害、自閉症である旨指摘したことが違法とされた事例(国立大学法人山梨大学事件(甲府地裁令和2年2月25日判決)とイーライフ事件(東京地裁令和6年1月19日判決)をご紹介致します。

2 国立大学法人山梨大学事件

(1) 事例

被告は大学法人で、原告は大学法人の職員です。被告は原告を勤務成績の不良等を理由に解雇しました。原告は解雇が無効であるとして従業員としての地位確認等を求めるとともに、解雇に先立つ退職勧奨時の言動が違法であるとして損害賠償を請求しました。最終的に解雇は有効と判断されたのですが、退職勧奨時に言動が違法と判断されました。

原告は、被告のP3人事課長の指示のもと、P5医師(精神科)を受診しました。また、被告附属病院におけるP6臨床心理士による心理検査も受けました。

その後、P3人事課長は原告と面談を行い、退職勧奨を行いました。以下はその際の発言の一部です。

「何かひょっとしたら別の原因があるんじゃないかな?っていうのが、今回の検診に結びついたわけですよ。で、検診の答えとして、それが結果としてでてきてるんですよ。はっきり言いますね。発達障害なんですよ、これ。」、「発達障害なんですよ。」、「こういう症状はそうです。要するにこれは発達障害の症状なんですよ。」

もっとも、P5医師は以下の通り、原告が発達障害とまでは言えないと判断していました。

「原告は、発達障害のいくつかパターンの傾向に当てはまるところもあり、社会の中でコミュニケーションを取ることは難しいが、現状の判断基準に照らすと、病気や発達障害とまではいえず、原告のパーソナリティに起因するものである」

本件では、こうしたP3人事課長がP5医師の見解を原告本人に無断で取得したことや(こちらも裁判所は違法と判断しました)、発達障害でないにもかかわらず、面談で原告を発達障害扱いしたことが違法であるか否かが問題になりました。

裁判所は、次のとおり判示し、P3人事課長による退職勧奨の違法性を認めました。

(2) 判決

「P3人事課長は、P5医師から原告が発達障害ではないことを聴取していたにもかかわらず、原告との本件面談において、原告が発達障害であると虚偽の病名を繰り返し告げ、原告は体本来の機能が損なわれている旨、また、本件心理検査の結果によれば、発達障害である旨断言しており、原告の名誉感情を不当に害するものである。」

「そして、P3人事課長は、本件面談において、原告が発達障害であるとの虚偽の事実の告知に引き続いて、原告に対し、トラブルを起こす危険性だけで排除される旨、懲罰的に処分を受けるなんて終わり、それから復帰できる人なんて知らない旨、基本的に排除している、集団で排除している旨を発言していることからすれば、P3人事課長による退職勧奨は、原告に対し、不当な心理的圧力を加え、かつ、名誉感情を不当に侵害するような態様により行われたものであり、原告の自由な意思決定を不当に妨げたものとして、社会通念上相当な範囲を逸脱した違法なものと評価することが相当である。」

3 イーライフ事件

以下の事例では、上司が、退職を申し出た従業員に対し、自閉症、対人恐怖症という言葉を持ち出して揶揄したことについて、違法性があるか否かが争われました。

(1) 事例

原告は、被告でコンサルタントとして働いていましたが、退職後に割増賃金(残業代)や付加金、ハラスメントを理由とする慰謝料を請求しました。

原告は被告に退職を申し出たところ、上司cは、他の従業員が聞いているウェブ会議上で、「これまで原告について、退職させるべきだ、自閉症や対人恐怖症ではないかと言う人もいたが、訴外cは原告の資料作成能力を評価していたのでこれを否定していた」「原告が体調が悪くなった時も仕事をセーブしていたこと、被告においては自由な働き方を認めており時間管理もしていなかったことを述べ、こうした配慮にもかかわらず、原告が労働者の権利という法律を持ち出し、訴外cの指示を無視して引継ぎを行ったことについて、恩をあだで返されたとしか思えない」として非難しました。

裁判所は以下の通り判断して、上司cの発言は違法であると判断しました。

(2) 判決

「訴外cの同日の発言は、原告と訴外c以外にも、正確な人数は不明であるが複数の従業員がウェブ会議等を通じて参加する営業会議という場でされたものである。そして訴外cは,原告が同日を最終出勤日とすること及び急な引継ぎを要することの説明に加え、同月28日及び同月29日の原告と訴外cとのやり取りや顛末の詳細を述べ、その中では、自閉症や対人恐怖症といった精神に関わる障害の名称を示して、原告には対人関係の構築等に問題があるとの意見があったことを述べつつ、訴外cは原告を評価し原告の労働環境に配慮をしていたにもかかわらず、原告が転職先も答えず、最終出勤日の2日前に退職届を提出し、引継ぎに関する訴外cからの要請に応じなかったことを非難したものであり、その時間は10分から15分に及ぶものである。」

「このような訴外cの発言は、業務上の必要に基づく原告への叱責や他の従業員への説明という範疇を超えて、原告の名誉感情を著しく害する行為というべきであり、原告に対する不法行為となると認めるのが相当である。」

上司cは「自閉症や対人恐怖症ではないかと言う人もいた」としか言ってはいませんが、このような「○○という人もいる」などという形で自分の意見を言う事例は多いので、複数の従業員が聞いていたことも併せて、全体として原告の名誉感情を著しく害すると判断したものと思われます。

4 安易な決めつけは危険である

発達障害であるか否かは専門家でも意見が分かれるところです。「あの人は発達障害だ」と安易に決めつけ、かつそれを当人に伝えることは名誉棄損に該当する可能性があり大きな問題に発展する可能性がありますので注意が必要です。


 

この記事の監修者:向井蘭弁護士


護士 向井蘭(むかい らん)

杜若経営法律事務所 弁護士
弁護士 向井蘭(むかい らん)

【プロフィール】
弁護士。
1997年東北大学法学部卒業、2003年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。
同年、狩野祐光法律事務所(現杜若経営法律事務所)に入所。
経営法曹会議会員。
労働法務を専門とし使用者側の労働事件を主に取り扱う事務所に所属。
これまで、過労死訴訟、解雇訴訟、石綿じん肺訴訟。賃金削減(就業規則不利益変更無効)事件、男女差別訴訟、団体交渉拒否・不誠実団体交渉救済申立事件、昇格差別事件(組合間差別)など、主に労働組合対応が必要とされる労働事件に関与。近年、企業法務担当者向けの労働問題に関するセミナー講師を務める他、労働関連誌への執筆も多数

当事務所では労働問題に役立つ情報を発信しています。

その他の関連記事

使用者側の労務問題の取り扱い分野

当事務所は会社側の労務問題について、執筆活動、Podcast、YouTubeやニュースレターなど積極的に情報発信しております。
執筆のご依頼や執筆一覧は執筆についてをご覧ください。