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弁護士の平野剛です。今回は、外資系企業に中途採用された従業員の能力不足を理由とする解雇の有効性が争われた裁判例(東京地裁令和5年10月27日判決)をご紹介します。
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本件の被告は外資系の投資運用会社の日本法人で、原告は被告に中途採用された外国籍人です。
原告は、外資系の金融・証券会社で業務に従事した経歴を持ち、被告との間で無期雇用の労働契約を締結しました。
原告の職務内容は、投資家向けのレポート作成、投資家からの要望・質問への準備、投資家の要望に応じた財務諸表を基にした情報収集等でした。原告の所属グループには原告を含めて6名が所属し、原告の職位(アソシエイト)は同グループ内で下から2番目でした。
被告では、コントリビューターとして指定された者(5~15人)が業績評価を記入し、その内容が評価権者のレビューのために業績評価書に集約され、最終的に評価委員会で総合評価を審議、決定することになっていました。被告では5段階で総合評価(1が最低、3が標準)がつけられ、3未満がつけられる従業員は全体の数%でした。
入社以降の原告の業績評価の総合評価は、入社後3年目(H28)までいずれも3で、4年目(H29)が1.5、5年目(H30)のから7年目(R2)がいずれも2でした。
原告の業務遂行で見られた問題点としては、ファンドの運用実績レポートのミス、キャッシュフローシートやデータ、運用実績レポート等の更新作業の遅れなどで、毎年このような問題が継続して見られていました。例をあげると、7年目においても以下のような問題点がありました。
・キャッシュフローデータや運用実績レポートを提出期限までに更新を行わずに投資家から督促を受けて提出することが複数回あった
・運用実績レポートにキャッシュフローの実績値が反映されていなかった
・実現した取引を実現していないと表示するなどの複数の誤りがあった
・他の社員から修正指示を受けて提出し直したものにも誤った数値が記載されていたり、ページによって異なる実績値が記載されていたりした
被告は原告に対し令和元年に退職勧奨をしたものの合意に至らず雇用を継続しましたが、令和3年に原告を解雇しました。なお、被告の就業規則には解雇事由について以下の定めがありました。
会社の人的資源を開発する絶え間ない努力、十分な個人指導、カウンセリング、及び警告を与えてもなお、極度に技術力又は能率水準が低いか、又は能力の向上が望めないか、又は他の従業員の作業を妨害する習慣を改める見込みがほとんどないため、既存の任務を遂行する資格、或いは他の任務に就業する資格を著しく欠いていると判断された場合、かかる従業員は解雇の対象となるものとする。
裁判所は、原告に求められる職務遂行能力について「自分の担当については自分に課せられた期限内に、正確な内容の資料を作成する能力が相当程度高い水準で求められていた」としました。
そのうえで、「原告には、職務遂行上必要とされる仕事の正確性や迅速性に関する能力が不足しており、このため期待された職務を適正に遂行することができない面があり、その業績評価は客観的にみて不良との評価は免れず、平成29年から令和2年までの4年間はいずれも1.5又は2.0と標準よりも低い評価(下位数%)を受けていることも併せ考慮すれば、正確性や迅速性に関する職務遂行能力の不足は、解雇を検討すべき客観的な状況にあったと一応認められる」と述べました。
ここまで述べた後で、裁判所は、解雇の有効性判断にあたってさらに「改善可能性」を検討し、以下のコメントをしています。
「どの時期にどのような内容の注意指導が行われたのかを認めるに足りる的確な証拠はない」
「評価権者…は、…令和元年以降の原告の評価について、正確性や迅速性に関する問題は改善の余地が残るとする一方で…原告の問題が改善されつつあり、将来もそれが期待できる趣旨のコメントしている」
「コントリビューターのコメントの中には、原告のチーム内での仕事ぶりを評価するコメントや、仕事やチームに対する積極的な姿勢などを高く評価するコメントが多く記載」
裁判所は、これらの指摘をしたうえで「『会社の人的資源を開発する絶え間ない努力、十分な個人指導、カウンセリング、及び警告を与えてもなお』、是正し難い程度であったとまでは直ちに認められない」と評価し、結論として解雇事由に該当する事実は認められないとして解雇無効と判断しました。
本件では裁判所が説示した「原告に求められる職務遂行能力」の水準からすると、7年も仕事をしてきて、何度も指摘を受けても単純ミスや、期限を守れず投資家から督促を受けることを繰り返したりしている状況だとすれば、解雇が有効となる余地もないわけではないように思えます。
ところで、厚労省のモデル就業規則(令和5年7月版)では、いわゆる能力不足の解雇事由の規定例として「勤務成績又は業務能率が著しく不良で、向上の見込みがなく、他の職務にも転換できない等就業に適さないとき」という文言が挙げられています。一般的には、多少の文言の違いはあるとしてもこのような言い回しの文言で解雇事由が定められていることが多いです。それと比較しても、本件の被告会社の就業規則では、可能なサポートはほぼやり尽くしても是正し難いようなレベルでないと解雇事由には該当しないような文言にも読めます。
裁判所は、就業規則所定の解雇事由を出発点として解雇の客観的合理的理由と社会的相当性の有無(労契法16条)を判断することになりますので、就業規則で本件のように解雇ができる事由についてハードルを上げてしまうと、やはり有効性判断に影響してくるのは止むを得ないと思われます。その有効性判断の検討の中で、具体的な指導についての証拠が残っていないことや、業績評価での原告に対する肯定的なコメントなどがかなり重みをもってきているように感じられます。
また、能力不足社員への対応においては、文書による注意指導の実績、リップサービスのない適正な人事評価を行っていくことが重要であることを改めて強調したいと思います。
この記事の監修者:平野 剛弁護士
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