「従業員の3分の2が退職する際の年休申請に対する時季変更権の行使は認められるか」

従業員の3分の2が退職する際の年休申請に対する時季変更権の行使は認められるか

 

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1. 事案の概要

本件は、病院を運営する法人の事業譲渡(平成31年4月1日付)に当たり、病院職員らで組織される労働組合との間で年次有給休暇(年休)の取扱いについて交渉が行われていたところ、合意に至らず、原告ら187名が同年3月8日以降一斉に年休申請をしましたが、同月31日までに年休全てを消化することができなかったという事案です。

このような事案において、原告らは、被告が年休消化に向けた具体的な措置を行うべき法的義務があったにも関わらずこれを怠り、未消化年休に相当する賃金相当額の損害を与えたとして(第1次請求)、また、違法に時季変更権を行使するなどして、年休取得を妨害し賃金相当額の損害を与えたとして(第2次請求)訴えを提起しました。

なお、原告ら187名以外にも年休申請をしており、3月31日までに年休申請した職員は232名(全職員の約3分の2)にも上りました。原告らの未消化年休日数は多い人だと40日近くありました。事業譲渡を受けたS会には原告らのうち169名を含む約230名が移籍しました。

 

2. 本件の争点

(1) 事例

本件の争点は、①被告が原告らの年休消化に向けた具体的な措置を行うべき義務を怠ったか及びこれによる損害額、②被告が、原告らによる年休取得を妨害したか及びこれによる損害額です。

争点②の中で、被告が時季変更権を行使したと言えるか、言える場合その行使が認められるかが問題になりました。

 

3. 裁判所の判断

(1) 争点①について

年休取得に当たっての使用者の配慮について、個々の労働者の個別具体的な時季指定権を行使する際に、使用者が出来る限り労働者が指定した時季に年休を取得することができるようにするものにとどまり、これを超えて、使用者が全ての労働者に対して年休全てを取得させるような具体的な措置を講じる義務を負っていたと解することはできないとしました。

裁判所は、被告が仮にこのような義務を負うとしても、当初はS会に未消化年休が引き継がれるとされていたのが引き継がれないことになり、事業譲渡までに年休を完全に消化させる必要があるとの認識が被告になくてもやむを得ないとして、被告が具体的な措置を講ずる義務が生じていたとは認められないとしました。

(2) 争点②のうち時季変更権の行使に当たるかについて

原告らの年休申請に対する使用者側の対応としては以下のようなものでした。

・ 事務局長は、3月8日、組合長から、原告らが休暇表で年休申請する旨を聞き及び、緊急の課長会・師長会を開催し、休暇表に所属長印を押さないように伝え、所属長が管理している休暇表の原本を回収するよう指示した上で、課長及び師長に対し、年休取得を希望する職員には休暇表のフォーマットを渡し、当該職員が所属長に対して所要事項を記載、押印した同フォーマットを提出しても、所属長の承認印を押さないよう指示した。

・ 一斉申請がされたが、所属長はこれに承認印を押さなかった。
このような対応について、裁判所は時季変更権の行使には当たらず、出勤した職員は任意に時季指定権の行使を撤回し、被告もこれを承諾したものとしました。その理由は以下のようなものです。

・ 原告らの大半は、3月8日以降、取得日数に差があるものの、一定の年休を取得しており、少なくとも原告らのうち3名は、19日以上年休を取得していた。

・ 事務局長は、一斉申請がされた後、課長及び師長に対し、年休申請をした職員全員が休暇を取得すると、病院の事業運営が成り立たなくなるので、年休取得についてはできる限り調整して欲しいと伝えており、これを踏まえて、課長や師長等が所属の職員に対して、その職員の希望を踏まえつつ、出勤への説得をしたことが推認できる。

(3)争点②のうち「事業の正常な運営を妨げる」場合(労基法39条5項但書)に当たるかについて

被告の運営する病院は、280床を擁する急性期医療を行う医療機関であり、関係法令上最低限必要な入院患者に対する看護職員の確保はもとより、入通院患者の診療・検査・リハビリ・薬剤の処方等に必要な職員が一定数必要であることは優に推認できる。それを踏まえ、病棟の看護師については1か月ごとにシフトを作成し、年休を含む勤務表を作成し、放射線技師についても、検査に必要な人員の確保のため、同一日に1名のみ年休取得ができるような運用がされており、職員が公平に年休を取得できるようにされていたものと考えられる。このような状況下において、本件病院の職員317名中232名という約3分の2もの職員が本件一斉申請に及んだものであるところ、本件一斉申請のとおり当該職員が年休を取得した場合、本件病院の運営に重大な支障を生じ、「事業の正常な運営を妨げる」ことは明らかである

 

4.まとめ

裁判所は退職時の時季変更権行使について、一般的に、労働者が退職前に年休を一括時季指定して退職することは珍しくなく、このような場合に使用者が時季変更することは、他の時季に年休取得の可能性がないから、時季変更の要件を欠くものと解するのが相当であるとしつつ、上記のように判示して本件のような場合は「事業の正常な運営を妨げる」場合に該当するとしました。

本件は事業譲渡に際して、232名もの従業員が一斉に年休申請したケースであり、その点ではあまり多くないケースだと思いますが、3分の2ほどの従業員が一度に退職し年休申請してくるケースはあり得ると思います。そのようなケースにおいて、使用者としては従業員に出勤してもらわないと営業ができなくなりますから、時季変更権の行使というよりも説得して出勤してもらうことになると思います。そのような場合に、本件のような説得・対応はあり得ると思いますし、仮に訴訟等になった場合にも時季変更権の行使として認められる場合があるという点で参考になると思います。

 

従業員の3分の2が退職する際の年休申請に対する時季変更権の行使は認められるかの
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この記事の監修者:岡 正俊弁護士


岡 正俊(おか まさとし)

杜若経営法律事務所 弁護士
弁護士 岡 正俊(おか まさとし)

【プロフィール】
早稲田大学法学部卒業。平成13年弁護士登録。企業法務。特に、使用者側の労働事件を数多く取り扱っています。最近では、労働組合対応を取り扱う弁護士が減っておりますが、労働事件でお困りの企業様には、特にお役に立てると思います。

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