未払い残業代問題-相談は杜若経営法律事務所

更新担当者 弁護士 平澤大樹

「年俸制は残業代を支払わなくて良い」は誤り?

1、未払い残業代とは?

日本では労働基準法に基づき、残業時間に対して適切な賃金を支払う義務がありますが、実際にはこのルールが守られていない場合もあります。例えば、労働者が月に20時間の残業を行ったにもかかわらず使用者が支払いをしていない場合、この未払い分が累積となるほか、遅延損害金や付加金といったペナルティも加わり、最終的に高額な請求に繋がることがあります。また、会社としては、残業代をきちんと支払っていた認識であっても、法的な観点から残業代の仕組みが無効となっており、予期せず未払いが発生していることもあります。

また、未払い残業代に関する問題は、従業員の職場環境の悪化やモチベーションの低下を引き起こす要因ともなります。長時間労働が常態化している職場では、労働者が自分の権利について声を上げづらく、結果的に未払いのままとなりがちです。

さらに、未払い残業代の問題は、会社の評判や人材の流出にも影響を与えます。
実際に発生する事件の多くは、退職後に未払い残業代の請求を受けるものがほとんどです。
企業がこの問題に適切に対処しない場合、訴訟や労働基準監督署(労基署)からの指導を受けるリスクが高まるほか、ニュース等の報道で取り上げられてしまう可能性もあるため、経営に大きなマイナスとなることがあります。実際に、未払い残業代を請求された結果、数百万から数千万円の未払い残業代を支払ったケースが多数あります。

このように、未払い残業代の問題は労使双方にとって重要な課題であり、早期に適切な対応を行うことが不可欠です。企業は内部の労務管理を見直し、定期的に残業時間の状況と支払い実績をチェックする体制を構築することが望まれます。違法性を避けるためにも、法律に基づき正当な賃金が支払われるよう、透明性のある労働環境の整備が求められています。

 

2、残業代の計算方法、割増賃金とは?

残業代の基本的な計算方法は、労働基準法に基づいて、時給(基礎単価)を基に残業時間を掛け算する形になります。通常の労働時間、つまり法定労働時間を超えた時間については、残業代が発生します。在職中の一般的な労働時間は1日8時間、週40時間として、これを超えた分が残業に該当します。

例えば、もし月の残業が10時間の場合、残業代の計算式は以下のようになります。

– 基礎単価の計算:240,000円(月給)÷160時間 (月の法定労働時間) = 1500円
– 残業代:1500円 × 1.25(残業割増) × 10時間 = 18,750円
– 総支給額:240,000円 + 18,750円 = 258,750円

ただし、法定の割増率は、残業時間が月間に60時間を超える場合、割増率は1.5になりますので注意が必要です。
そのほか、法定休日における労働は割増率1.35、深夜(午後10時から午前5時)における労働は割増率0.25となります。
これらは重複して計算されますので、60時間以内の残業が深夜に行われれば割増率は1.25+0.25=1.5、法定休日に深夜労働が行われれば割増率は1.35+0.25=1.6となります。(ただし、法定休日はそもそも所定労働時間ではないので、法定休日割増が支給されるときは残業割増が加算されることはありません。)

残業代を適切に計算するためには、正確な出勤・退勤記録が必要です。さらに、労働時間の記録を適切に管理し、月ごとの残業時間を常に把握しておくことが重要です。

3、従業員から残業代請求をされた場合の対処法

まず重要なことは慌てないことです。(退職した元)従業員やその代理人(多くの場合は弁護士)から残業代請求の内容証明が届くと驚いてしまうことが多いですが、冷静に現実を受け止めることが必要です。
この状況に対して感情的な反応をすることは逆効果です。

さらに、従業員が残業を行ったと主張する場合、その根拠を明確に確認することも大切です。主張が正しい場合、会社として適切な対応を検討する必要がありますが、もし誤りがある場合は、その旨をしっかりと伝えることが重要です。場合によっては、請求の内容を一部修正し、妥協点を見出すことができる場合もあります。

この状況に対処する方法は多岐にわたりますが、あくまで冷静でいることを忘れず、感情に流されず事実を基にした対話を心がけることが成功のカギです。どのような対応が最適かは、状況に応じて柔軟に判断しなければなりません。まずは情報を正確に把握し、自社にとって最良の解決策を見出すためのスタートラインに立ちましょう。
未払いの残業代請求を受けた際の初動として、使用者としては以下のような対応が考えられます。

未払いの残業代請求を受けた際の初動として、使用者としては以下のような対応が考えられます。

 

① 従業員の主張に対して反論を行う場合

(1)従業員が主張している労働時間に誤りがある

たとえば、従業員が月に80時間の残業をしていると主張していたとき、会社に記録された実際の残業時間が20時間だった場合、この60時間の差異が反論の根拠となります。このような場合、企業は出勤・退勤の記録や業務日誌、業務システムのログデータなどを用いて、具体的な労働時間の晴れと確認することが求められます。こうした情報を基に、従業員に対して請求の根拠は誤っている旨を説明し、労働時間の請求を軽減することが可能です。

実際に弊所が対応した事件においても、企業が記録をしっかりと管理し、従業員の主張に対する反証を果たした結果、請求金額が大幅に減額されたケースがあります。

この反論を行う際には、労働時間についての記録が正確であることが不可欠です。企業は、出退勤管理システムやタイムカードなどで、実際の労働時間を正確に把握し、記録することで、後々のトラブルを未然に防ぐことができます。
一方よくある例として、当該労働者が頻繁にタバコを吸うために離席していたという使用者の主張があります。タイムカード上では勤務をしていることが顕われている以上、その時間内に就労をしていなかったことを主張するのであれば、具体的にいつその不就労が発生したかは使用者側において立証することが求められます。

未払い残業代請求を受けてしまってからでは対策をすることができませんので、業務時間中に離席が多い等という場合は、在席時から適切に注意・指導を重ね、その不就労時間を記録し、場合によっては不就労時間分の賃金控除をするなどして、日頃から対策を講じる必要があります。

(2)残業を禁止していた、または残業は許可制であるのに残業申請がされずに残業を行っていた。

従業員からの未払い残業代請求に対する企業の反論の一つとして「会社は残業を禁止していた」という主張があります。この反論が効果を持つためには、形式的に残業が許可制であるだけでは不十分で、その運用が実際に徹底されている必要があります。社内のルールとして残業申請が義務付けられている場合、実際にその手続きが適切に行われているかどうか、企業は確認する責任があります。

過去の裁判例では、度重なる残業禁止の命令があったにもかかわらず、従業員がこれに反して残業を行い残業代を請求しあ事案において残業代の支払い義務を否定したケースがあります。こうした事例から見ても、企業側が残業に関する規則を設けるだけではなく、その運用が現場において実際に守られているかどうかが重要です。

(3)管理職(管理監督者)であり、残業代が発生しない

従業員から未払い残業代を請求された際の企業の反論の一つとして、よくあるのが「管理監督者であり、残業代が発生しない」という主張です。労働基準法第41条2号に基づき、管理監督者には残業代を支払う義務はないと定められています。このことから、企業はこの立場を利用して残業代請求に対抗することができますが、実際に管理監督者に該当するかどうかは注意が必要です。

まず、管理監督者に該当するかどうかの判断には慎重を期す必要があります。一般的には、労働者が管理監督者に該当するためには、業務上の権限や責任、労働時間の裁量、賃金等の待遇に関する要素が重要です。このような要素が整っていない場合、管理監督者としての地位が認められない可能性があります。

実務においては「管理監督者」としての立場が疑問視される事例もあります。例えば、従業員が管理職の肩書きを持ちながらも、実際には業務の細部に関して上司から指示を受ける立場であれば、法律上の管理監督者として認められないケースがあります。この場合、未払い残業代請求が認められる可能性が高まるため、企業はこのリスクを考慮しなければなりません。

さらに、過去の裁判例を検討しても、企業が「管理監督者」として反論を行ったものの、これに該当しないものとして残業代の支払いが命じられたケースがとても多いです。

(4)固定残業手当により残業代は支払い済みである

企業が「固定残業手当により残業代は支払い済みである」という反論を行う場合、多くの事案において固定残業代の有効性が論点になります。

もし固定残業手当が無効と判断された場合、会社は未払い残業代を支払う義務を負うだけでなく、基本給部分にその残業代が上乗せされる形となり、結果的には大きな負担が発生してしまいます。従業員が請求してきた場合、この事実をしっかりと理解しておくことが重要です。
そのため、ご不安がある場合には、固定残業手当の取り扱いやその有効性を早期に見直すことが必要です。

(5)残業代について消滅時効が完成している

未払い残業代の消滅時効は、労働者が残業代を請求できる期間の法律上の上限を示します。現在、一般的な未払い残業代の請求権の時効は「3年」とされており、これは給与の支払日翌日から起算されます。ただし、法改正により令和2年3月以降は「5年」に延長される予定でしたが、経過措置として当面は3年の時効が適用されています。たとえば、2021年4月に支払われるべき残業代の請求は、2018年4月以降の未払い分に対してのみ認められ、それ以前の分は時効により請求できません。

企業にとっては、この消滅時効を適切に把握し、過去の未払い残業代について不要な支払いリスクを回避することが重要となります。実際に、請求された残業代が時効期間を超えている場合、会社は法的に支払義務から免れることが認められます。逆に、3年前の支払い分中に未払いがある場合は、時効の対象外となり、請求されれば支払わなければなりません。

なお、旧法下(2020年3月以前)では時効期間が2年とされていたため、過去の未払い分の一部は従来通り短期間の時効が適用されるケースもあります。したがって会社は、発生時期ごとに異なる時効規定を精査し、どの期間までが請求可能かを正確に判断する必要があります。時効完成の判断を誤ると、不必要な支払いを強いられるリスクが高まるため、労務管理記録の保存や請求内容の確認が欠かせません。

(6)変形労働時間制やフレックスタイム制を採用している

労基法上、本来は1日8時間、1週40時間を超えた労働は全て残業となるのが原則ですが、残業変形労働時間制やフレックスタイム制を導入することでこれらが残業として扱われなくなります。

もっとも、変形労働時間制やフレックスタイム制の導入は形式面の要件が多数あるほか、実際の運用を誤ってしまうと、これらの制度が無効と判断され通常通りの残業代を支払う必要があります。

 

② 残業代問題解決の流れ

従業員が残業代請求をするからには、残業代未払いの何らかの根拠があります。そこで、まずどのような理由に基づいて請求しているのかを確認します。例えば、労働時間の記録や給与明細など、具体的な証拠をもとに根拠を確認することが重要です。もし根拠が不明確である場合は、こちらから従業員に対して根拠を明らかにするよう促します。

そのうえで、会社がこれまでどのように残業代を支払ってきたのか、従業員の主張との間でどこに食い違いがあるのかを確認していきます。残業代請求は、労働時間(早出残業、休憩時間も含む)、固定残業代の有効性、管理監督者性、変形労働時間制、裁量労働制など様々な論点があり、論点ごとの結論により最終的な結果に大きな差が出ます。たとえば、労働時間に関する主張があれば、それが事実であるかどうかを数値データや社内の記録によって確認し、必要に応じて証拠を収集するプロセスが求められます。

譲れる論点か否か、話し合いで解決できるような金額の差か否か、話し合いで解決すべき事案か否か等、個々のケースによって判断は異なります。たとえば、ある企業では従業員との話し合いの結果、残業代の一部を支払うことで早期に解決したケースもあれば、逆にしっかりとした反論が功を奏し、請求金額が大幅に減額されたなどの事例も見受けられます。このように、事案に適した解決をしなければ、紛争は完全には解決しません。

交渉によっても事案が解決しなければ、民事訴訟や労働審判に移行することになります。

企業側としては、適切なデータの収集と分析を行い、冷静に対処することが必要です。残業代の請求を巡る問題は、給与や労働環境だけでなく、企業の信頼性や従業員の士気にも影響を与えますので、早期に適切な対応を行うことが不可欠です。最終的には、従業員との積極的なコミュニケーションを通じて、理解を深め合うことが解決への一歩になるでしょう。

 

③ 弁護士ができること

残業代請求は、客観的に残業代の未払いがあれば、弁護士がついたからといって、未払いが無くなるものではありません。

しかし、上記のとおり、残業代請求は、個々の事案ごとに適した解決をしなければ紛争は完全には解決しません。

なぜなら、残業代請求は、単に残業代請求をしてきた従業員だけの問題ではないからです。

例えば、残業代請求をしていない他の従業員への対処や、今後の残業代の支払い方法や賃金制度の見直し等、今後の会社の運営にも関わる重要な問題なのです。

弊所では、労働事件を使用者側で専門に扱っており、過去の事例やノウハウに即して、いつ、どのように解決すべきかを、個々の事案に応じて適切なアドバイスをすることが可能です。

 

当事務所の未払い残業代に関する解決事例

・在籍従業員が残業代を請求し、その根拠として出退勤記録を証拠として提出したが、その信用性を減殺することにより少額の解決金を支払うことで合意退職により解決できた事例

・大手コンビニエンスストアチェーンの店長職の従業員が会社に残業代請求をしてきたが、4割の減額に成功した事例

・高額な残業代請求がなされたが、従業員の主張する労働時間を否定し大幅な減額に成功した事例

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使用者側の労務トラブルに取り組んで50年以上。700社以上の顧問先を持ち、数多くの解決実績を持つ法律事務所です。労務問題に関する講演は年間150件を超え、問題社員対応、残業代請求、団体交渉、労働組合対策、ハラスメントなど企業の労務問題に広く対応しております。
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この記事の監修者:向井蘭弁護士


護士 向井蘭(むかい らん)

杜若経営法律事務所 弁護士
弁護士 向井蘭(むかい らん)

【プロフィール】
弁護士。
1997年東北大学法学部卒業、2003年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。
同年、狩野祐光法律事務所(現杜若経営法律事務所)に入所。
経営法曹会議会員。
労働法務を専門とし使用者側の労働事件を主に取り扱う事務所に所属。
これまで、過労死訴訟、解雇訴訟、石綿じん肺訴訟。賃金削減(就業規則不利益変更無効)事件、男女差別訴訟、団体交渉拒否・不誠実団体交渉救済申立事件、昇格差別事件(組合間差別)など、主に労働組合対応が必要とされる労働事件に関与。近年、企業法務担当者向けの労働問題に関するセミナー講師を務める他、労働関連誌への執筆も多数

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