労務DD(労務デューデリジェンス)とは?定義と重要性

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労務デューデリジェンス(労務DD)とは、M&AやIPOを検討している企業が、対象企業の労務管理体制を詳細に調査し、潜在的なリスクや課題を特定するプロセスです。

これは、企業が健全な労務体制を構築しているかを確認するために不可欠なプロセスであり、特にIPOを目指す企業にとっては、上場審査を通過するために必ず実施が求められます。

労務DDは、未払い賃金などの簿外債務や、既存の労務問題、労働組合との関係、過去の労働基準監督署からの指摘事項、個別紛争の実績など、多岐にわたる労務管理の実態を詳細に調査します。

M&A準備と労務DD(労務デューデリジェンス)

M&Aは企業の成長戦略において有効な手段ですが、成功のためには財務状況だけでなく、対象企業の労務リスクを正確に把握することが不可欠です。

労務DDは、買収対象企業が抱える未払い賃金などの簿外債務や、既存の労務問題、労働組合との関係、過去の労働基準監督署からの指摘事項、個別紛争の実績など、多岐にわたる労務管理の実態を詳細に調査するものです。

M&Aでは、買収後に売り手企業が抱える簿外債務を買い手が承継してしまうリスクがあるため、労務DDを通じて、買収価格の妥当性や統合後のリスクを事前に評価できます。

これにより、M&A後の予期せぬトラブルや追加コストの発生を防ぎ、円滑な統合処理へとつなげることが可能となるのです。

M&Aにおいて労務DD(労務デューデリジェンス)をすべきタイミング

M&Aのプロセスは、まず買収先の調査(デューデリジェンス)から始まり、その後、契約締結、そして最終的な統合処理へと進展します。

労務DDを実施すべきタイミングとしては、買収交渉が本格化する前が適切です。

この段階で簡易的な労務DDを行うことで、潜在的な労働問題や労務リスクを事前に予測・評価し、買収の判断や条件交渉の材料とすることが可能となります。

この初期段階の労務DDは、短期間で実施される簡易レビューであり、調査範囲を限定して行われるため、得られるレポートは概要報告レベルになります。

しかし、この簡易DDによって、重大なリスクの有無を早期に把握し、その後の詳細調査の必要性を判断できます。

無事に買収が実行された後の統合処理フェーズでは、承継した労働契約が自社グループのルールに統合される際に、従業員に不利益な変更が生じないよう、入念な調整が必要です。

やむを得ず不利益変更を行う場合には、その代償措置や合意形成の進め方について、さらに詳細な調査と検討を進めることになります。

労務DD(労務デューデリジェンス)の主要な調査項目

労務DDでは、企業の労務管理における多岐にわたる項目を詳細に調査します。

これらの調査項目は、潜在的な労務リスクを特定し、M&AやIPOを円滑に進める上で極めて重要です。

未払い残業代の評価と精算

未払い残業代の評価と精算は、労務DDの中でも特に重要な項目の一つです。

未払い残業代が発覚した場合、法的トラブルや企業の社会的評価の低下を招く可能性があるため、徹底した確認が求められます。

具体的には、企業が労働時間を適正に管理し、未払い残業代が発生していないかを細部にわたって確認します。

例えば、管理監督者の範囲が適切か、定額残業代(みなし残業代)が法令通りに運用されているか、持ち帰り残業や代休残の有無、適切な手続きを経ていない裁量労働制の適用がないか、サービス残業の有無などを詳しく調査します。

労務では実態が重視される傾向にあるため、労働時間の記録が適切に残されているか、タイムカードと実際の勤務状況に乖離がないか、残業代の計算方法が正しいかなど、具体的な運用状況も確認します。

特に定額残業代を採用している企業では、みなし残業代の有効性が未払い残業の争点となるケースが多く、IPO審査でも必ず指摘される項目の一つです。

これらの調査の結果、未払い残業代が存在した場合には、その精算フローを策定し、精算を実施します。この精算は、退職者に対しても行われる点に注意が必要です。

就業規則や関連規程の整備状況

就業規則や関連規程の整備状況は、IPOやM&Aにおける労務DDの主要な調査項目の一つです。

これらの規程は、労働者の権利と義務を明確にし、企業と労働者間の紛争を未然に防ぐための重要な基盤となります。

規程の整備が不十分である場合や、法令と矛盾する内容が含まれている場合は、企業の法令遵守体制に問題があると判断され、IPOの審査やM&Aの評価に大きな影響を与える可能性があります。

労務DDでは、規程の内容が実態と整合しているか、労働者の多様な働き方に応じた適切な雇用形態が選択されているか、それに伴う労働者の待遇が最新の法令に適合しているかなどを詳細に調査します。

これにより、企業が健全な労務管理体制を構築しているか、または改善が必要な点を特定します。

労働条件通知書(雇用契約書)の締結状況

労働条件通知書(雇用契約書)は、従業員を雇い入れる際に労働条件を明確にし、労使双方が確認するための重要な文書です。

これは労働条件を示す確かな証拠となるだけでなく、労働基準法における明示義務も兼ねているため、確実に締結されている必要があります。

多くの労働紛争は「約束通りの賃金が支払われていない」「約束通りの業務を遂行しない」といった契約違反に起因することが大半です。

労務DDでは、賃金の支払いが雇用契約書の内容に沿っているか、記載方法に問題がないか、また正社員、パートタイム労働者、派遣労働者といった雇用形態ごとに、適切な労働条件が設定されているかを細かく確認します。

この確認を通じて、企業が法令を遵守し、従業員との間で明確な労働契約を締結しているかを評価します。

労使協定の締結状況

労働基準法に基づく労使協定の有無や内容は、労務DDにおける重要な調査項目の一つです。

労使協定には非常に多くの種類があり、例えば、時間外労働や休日労働、深夜労働に関する36協定、フレックスタイム協定、裁量労働制に関する協定、賃金の控除や口座振込に関する協定などが挙げられます。

時間外労働を従業員にさせる場合、就業規則にその旨が記載されていても、36協定が適切に締結・届け出られていなければ、企業は法律違反のリスクを負うことになります。

特に重要なのは、労使協定に署名する労働者代表の選出手続きです。

労働者代表が民主的な方法で選出されていない場合、その労使協定自体が無効と判断される可能性があり、最悪の場合、違法性だけでなく未払い残業代のリスクも発生し、IPO審査に著しい影響を与えることもあります。

労働保険・社会保険の加入状況

労働保険(労災保険・雇用保険)と社会保険(健康保険・厚生年金保険)の加入状況の調査は、労務DDにおける重要な項目です。

法令で定められた要件を満たす適用対象者が、これらの保険に適切に加入しているかを確認します。

特に社会保険は適用対象の拡大が進んでおり、新たに加入が必要となるケースが増加しています。

そのため、適用対象者の確認や、関連する手続きの進捗状況の把握が求められます。

社会保険は、法定要件を満たす場合は強制加入となるため、加入漏れが発生すると、社会保険料の未払いにつながる可能性があります。

例えば、2024年10月1日からは、従業員数51人から100人の事業所も新たに特定適用事業所となり、適用拡大の対象となるため、注意が必要です。

適法な運用・勤怠管理がされているか

2020年の新型コロナウイルス感染症の影響により、従業員の働き方は大きく変化し、オフィスワークとテレワークを組み合わせたハイブリッド勤務など、勤務実態の把握がより複雑になっています。

IPOの労務審査では、企業が自社の働き方に合った制度を選択し、それらの制度に基づいて勤怠を適法に把握し、適切な給与を支払う体制が整っているかという点が厳しく評価されます。

労務DDにおいて最も負担の大きいタスクの一つは未払い残業代の精算作業ですが、IPOを目指す企業は、将来にわたって未払い残業代が発生しない仕組みを構築し、規程面および運用面から未払い発生要因を徹底的に排除することが求められます。

そのため、外部の専門家や勤怠システムを導入し、自社の働き方に合致した勤怠管理方法を確立することが重要です。

安全衛生管理体制の整備

安全衛生管理体制の整備とは、労働安全衛生法に基づき、労働者の健康と安全を守るための管理体制が整っているかを調査することを指します。

労務DDでは、この体制が適切に構築されているかを確認し、もし法令に反する状況が見つかった場合には、その是正に向けた改善策を立案・実行します。

具体的な調査項目としては、定期健康診断や入社時健康診断の実施状況、健康診断で異常所見があった場合の医師への意見聴取の有無、適切な教育訓練の提供状況、労働災害の発生状況とその対応、安全衛生管理体制の構築、ストレスチェックの実施状況などが挙げられます。

特に従業員数が50人以上の事業所では、衛生委員会の設置、衛生管理者や産業医の選任など、法令で求められる対応が大幅に増加するため、注意が必要です。

IPO準備中に従業員が増加する可能性も考慮し、採用予定を踏まえて事前に準備を進めることが求められます。

労務DD(労務デューデリジェンス)主要チェックリスト

労務DDでは、広範囲にわたる項目を網羅的に確認する必要があるため、チェックリスト形式で調査とヒアリングを進めることが一般的です。

これらのチェックリストは、行政によって統一されたひな形があるわけではなく、労務DDを実施する専門家や、企業の規模、業種によって異なる場合がありますので、あくまで一例として参考にしてください。

主要な調査項目として、規程・協定類の整備状況では、就業規則や賃金規程、退職金規程などの適法性、対象となる労働者の範囲、改定履歴の管理状況、36協定を含む各種労使協定の整備状況を確認します。

雇用契約に関しては、労働条件通知書の明示、労働契約書の適切な締結、身元保証書の運用状況、無給インターンの有無と労働者性の判断、有期雇用契約の運用に関する適法性などを調査します。

休日・休暇については、法定休日の取り扱い、振替休日と代休の運用、年次有給休暇の5日取得義務の遵守状況などを確認します。

労働時間については、36協定の遵守状況、長時間労働の有無、勤怠管理の適正性、管理監督者の範囲と賃金水準、働き方について調査します。

割増賃金に関しては、みなし残業代の運用、法定休日の割増賃金、振替時の割増賃金、インセンティブの割増賃金などが適切に支払われているかをチェックします。

未払い残業代の存否や、勤務実態と記録の乖離の確認方法も重要な項目です。

パートタイマーについては同一労働同一賃金への対応、社会保険への加入状況、短期反復更新の有期契約の取り扱いなどが対象となります。

安全衛生管理体制では、定期健康診断やストレスチェックの実施、衛生委員会の運営、産業医の選任状況、労働災害の発生状況と対応、安全衛生教育の実施状況などを確認します。

育児介護休業については、雇用環境整備の措置、研修の実施や相談窓口の設置、取得事例の収集提供、取得促進に関する方針の周知対応、時短措置、男性労働者の育児休業取得率の公表などが調査対象となります。

労働者派遣法については、派遣労働者の同一労働同一賃金への対応、派遣元管理台帳の整備、請負契約との線引きなどが含まれます。懲戒処分や解雇処分に関する規程の有無と運用状況、ハラスメントの防止策なども重要なチェックリストの項目となります。

労務DD(労務デューデリジェンス)の進め方と流れ

労務DDの一般的な進め方と流れは、以下の段階で構成されますが、具体的な内容や順序、期間は企業の状況やM&A、IPOのスケジュールによって変動します。

迅速かつ正確な調査のためには、各段階での準備と専門家の連携が重要です。

1 事前準備

労務DDを円滑に進める上で、事前準備は極めて重要な項目です。

このフェーズで、秘密保持契約(NDA)を締結した上で、労務DDに必要な調査資料を対象企業から全て提出してもらい、事前調査を行います。

労務DDの進行スピードは、この事前調査でどれだけ多くの資料を効率的に調査できるかに大きく左右されます。

もし対象企業からの資料提出が小出しであったり、資料の品質が不十分であったり、あるいは提出が遅れたりすると、調査期間が大幅に延長される可能性があります。そのため、特にスピード感が求められる局面では、調査対象会社の資料提出を適切に交通整理する担当者がいるか、そして適切な情報が揃っているかを事前に確認し、受任の可否を慎重に検討する必要があります。

調査に必要となる資料の一例としては、人事労務関係の規程類、労使協定、組織図、入社時に取得する書類、使用している勤怠表のサンプル、実際に使用している労働契約書のサンプル、給与明細の項目一覧などが挙げられます。

2 規程や労使協定の資料調査とヒアリング

労務DDレポートに定められた調査項目に基づき、提出された資料を用いた事前調査を実施した後、対象企業へのヒアリングを行います。

このヒアリングでは、経営陣と現場担当者との間に存在する認識の乖離も考慮し、必要に応じて現場の従業員へのヒアリングやアンケート調査も実施することがあります。

IPOを目指す際の労務DDは、最短で3ヶ月、労使間の調整を含めると完全に完了するまでに半年を要するケースも見られます。

そのため、タスクごとにマイルストーンを設定し、作業を計画的に進めることが成功の重要なポイントです。

この過程においては、担当する社労士の経験値とプロジェクトを適切にディレクションする能力が、労務DDの成否を大きく左右します。

3 労務DD(労務デューデリジェンス)レポート作成

資料調査とヒアリングによって得られた結果を基に、労務リスクの有無、その深刻度、そして改善が必要な点を専門的かつ客観的な視点から詳細に分析・評価します。

この分析結果をまとめたものが労務DDレポートであり、具体的な調査結果と併せて、適切な改善方法が提示されます。

この成果物が、単なる一次調査結果の報告に留まるのか、あるいは具体的な対策方法の提案まで含まれるのかは、事前に依頼内容として明確に確認しておくべき点です。

対策まで踏み込んだレポートは、M&AやIPO後のスムーズな労務体制構築に大きく寄与します。

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この記事の監修者:樋口陽亮弁護士


弁護士 樋口陽亮 (ひぐち ようすけ)

杜若経営法律事務所 弁護士
弁護士 樋口陽亮 (ひぐち ようすけ)

【プロフィール】

出身地:
東京都。
出身大学:
慶應義塾大学法科大学院修了。

2016年弁護士登録(第一東京弁護士会)。経営法曹会議会員。
企業の人事労務関係を専門分野とし、個々の企業に合わせ専門的かつ実務に即したアドバイスを提供する。これまで解雇訴訟やハラスメント訴訟、団体交渉拒否・不誠実団体交渉救済申立事件など、多数の労働事件について使用者側の代理人弁護士として幅広く対応。人事労務担当者・社会保険労務士向けの研修会やセミナー等も開催する。

当事務所では労働問題に役立つ情報を発信しています。

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