上司に暴行をしても解雇が無効とされた事例(就業規則より前例重視)

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1 上司への暴行にもかかわらず解雇が無効とされた裁判例

今回、一般的な感覚からすると不可解とも思える裁判例(鹿島建設事件・東京地裁令和6年10月22日判決)があったため、ご紹介いたします。

2 事案の概要

・当事者と経緯

原告(P1)は、平成7年(1995年)に鹿島建設株式会社(被告)との間で期間の定めのない労働契約を締結し、以後25年以上にわたって勤務していました。
被告(鹿島建設株式会社)は、土木建築工事等を行う企業で、全国各地に支店を有し、従業員数は約8,000名に及びます。

・解雇に至るまでの経緯

平成29年頃から、原告が在籍していた各支店・工事事務所において、原告が上司や同僚、協力会社の従業員などに対して暴言や粗暴な言動を行ったとされる複数のトラブルが発生しました。
例えば、平成29年8月中旬頃、原告は副所長に電話をかけ、強い口調で「今まだ仕事中か」と一方的に電話を切りました。その後、副所長に業務上の問い合わせをした際、相手が外出中であることを伝えられたにもかかわらず、「いつならいいんだ。夜か。お前の家に行ってもいいぞ。」などと語気強くまくしたてました。
平成29年11月27日頃、原告は課長代理に対し、実行予算の確認を巡って「お前にメール送っただろ」と怒鳴りつけ、その後、「そんなの俺に分かるわけないだろう」とさらに怒鳴りました。
平成30年2月16日、原告は課長代理との間で事務所の移転準備に関するスケジュール対応について口論となり、身体的接触もありました。
平成30年3月24日、原告は副所長との間で事務所の鍵やセキュリティーカードの管理を巡って口論となり、「設備系社員の副所長の所掌でもなく、こちらできちんと管理しているので問題ない。」と強い口調で述べました。
令和元年12月10日頃、原告は同僚に対し、「今から行って、お前を叩きのめしてやるから待ってろ。」、「覚えてろよ、一生、苦しめてやる。」などと脅しの言葉を言い、その後、同僚に「貴様もな。」という暴言を含むメールを送信しました。
令和元年12月11日、原告は同僚からの社外会合参加に関する誓約書の依頼に対し、「アンタも俺に嫌がらせ?」といった内容のメールを返信しました。
令和元年12月13日、原告は同僚から業務分担の確認を受けた際に、「お前もいい加減ナメた態度やめろや。」といった内容のメールを送信しました。
被告は原告を複数回異動させ、訓告等による注意喚起は行われたものの、正式な懲戒処分は行われていませんでした。
令和3年8月2日、原告が工事事務所の所長に対して、「殺すぞ」「暴れるぞ」などの脅迫的な発言や、顔を叩く行為などを行ったとされる事件が起こりました。
以下は判決文の認定内容です。
「原告は、令和3年8月2日午後6時30分頃、本件工事事務所内において、事務所内の椅子を蹴飛ばし、P4所長に対し、「やれっつってんだよてめえ。聞けよ俺のいうこと。」、「暴れるぞ、お前。」、「お前人間なのか。」、「殺すぞ、お前、本当に。」などと語気鋭く申し向けた上で、P4所長の頬に触るなどし、さらに「聞けよ。」などと怒鳴りながら、P4所長の顔面を左手で1回叩き、これによって、P4所長の眼鏡が床に落下した。また、原告は、P4所長に対し、「お前頭おかしいな本当に。」、「バカじゃねえか、お前。」などと言い、その背後に回って頭を触り、肩をつかむなどした。」
被告は、同年12月14日付けで、原告に普通解雇を通知しました。原告はこれを不服として、労働契約上の地位確認と解雇後の賃金支払いを求めて提訴しました。

3 裁判所の判断(解雇無効)

裁判所は、原告の言動(脅迫や暴言、暴行など)があった点自体は認めつつも、「直ちに労働契約を終了させなければならないほどの重大な事情」とはいえないと判断しました。

同じ支店で過去に発生した他の暴力事案(部長級が課長代理の頭を頭突き、手で頭部右側を1回叩く)に対しては「厳重注意」にとどまり、解雇や懲戒処分が行われていない事例がある一方、本件では原告に「訓告」はあったものの正式な懲戒処分はなく、段階的な処分や降格などの措置も実施されていないことを重視しました。

被告が全社規模で約8,000名の従業員を抱える大企業であるにもかかわらず、実際に検討した配属先が一部支店のみで、解雇回避のための配転が十分に尽くされていないと認定しました。
以上の事情を踏まえ、裁判所は本件解雇について客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当とはいえず、無効と判断しました。

4 実務上の留意点(前例主義が強く現れた裁判例)

本件で解雇が無効とされた背景には、類似事案との処分の不均衡が大きな影響を与えたと考えられます。同じ支店内で起きた別の暴力事案では厳重注意にとどめており、本件との間で処分の程度が均衡していないと判断されました。

確かに他の社内事例との均衡は重要です。例えば全国建設厚生年金基金事件(東京地裁平成25年1月25日判決)では、原告は通勤経路を変更し、その変更を申告せずに通勤手当を不正に受け取っていましたが、他の従業員については、通勤経路変更の申告がされていない場合でも通勤手当が支給される状況にあり処分もされていないことから、懲戒解雇は無効と判断されました。

しかし、今回は過去に何度も暴言などの粗暴な言動を繰り返しており、刑事事件になり得る暴行行為を行っているわけですから、仮に同じ事業所での前例と均衡を欠くと言っても解雇もやむを得ない事例だと思います。

どうしてここまで前例に拘るのかは分かりませんが、裁判官は社内の前例や他従業員の事例について拘る傾向が強いです。一方、就業規則の条項はそれほど気にしておりません。

実務上のポイントとしては、類似事案との処分の整合性が厳しく問われるため、社内における処分基準をあらかじめ明確化し、処分前には前例との比較検討を行うことが重要です。

また、情報を集約するため、身体的接触を伴う事案についてはすべて本社人事部などに一旦情報を集めるように徹底する必要があります。

 


 

この記事の監修者:向井蘭弁護士


護士 向井蘭(むかい らん)

杜若経営法律事務所 弁護士
弁護士 向井蘭(むかい らん)

【プロフィール】
弁護士。
1997年東北大学法学部卒業、2003年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。
同年、狩野祐光法律事務所(現杜若経営法律事務所)に入所。
経営法曹会議会員。
労働法務を専門とし使用者側の労働事件を主に取り扱う事務所に所属。
これまで、過労死訴訟、解雇訴訟、石綿じん肺訴訟。賃金削減(就業規則不利益変更無効)事件、男女差別訴訟、団体交渉拒否・不誠実団体交渉救済申立事件、昇格差別事件(組合間差別)など、主に労働組合対応が必要とされる労働事件に関与。近年、企業法務担当者向けの労働問題に関するセミナー講師を務める他、労働関連誌への執筆も多数

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