適応障害発病後の自死と指導目的による上司の叱責及び19時間以下の残業時間との相当因果関係

就業規則に延長の定めがない試用期間を延長する旨の合意は有効か

上司によるパワーハラスメントや達成困難なノルマ等により精神障害を発病して自死したと主張して労災申請したところ不支給決定がなされたため、その取消しを求めて行政訴訟を提起した事案(名古屋高裁R6.9.26判決、地裁判決=名古屋地裁R5.11.15判決)をご紹介致します。結論として、地裁判決は業務起因性(相当因果関係)を否定しましたが、高裁判決はこれを肯定しました。

適応障害発病後の自死と指導目的による上司の叱責及び19時間以下の残業時間との相当因果関係

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1.事案の概要

本件会社は、各種機械器具並びにその部品の製造、修理及び売買等を事業内容とする株式会社であり、dは本件会社の正社員で、小型パワエレ回路開発チーム(本件チーム)に所属していました。fは本件チームのチーム長です。
dは、平成31年2月下旬頃、うつ病エピソード又は適応障害を発病し、同月26日自死しました。dの父親である原告が労災申請しましたが、不支給の決定がなされました。

2.業務起因性に関する事情

【dの受診歴等】
・H21頃からSAD(社交不安障害)のため受診
・H25.7診療所受診。自傷・自殺衝動。SAD及び精神運動発作の診断。
・H27.4頃 クリニック受診。うつ病と診断。
・H27.12メンタルクリニック受診。ADHDの診断
【労働時間】
・H30.10以降専門業務型裁量労働制(1日当たり9.5時間。1.5時間分は別途手当支給)
・H31.2.26を起算日として遡った場合の6か月間における1か月ごとの時間外労働時間数(週40時間超)は、1か月14時間58分、2か月19時間29分、3か月11時間、4か月6時間59分、5か月11時間26分、6か月10時間23分
【fチーム長のメール(一例)】
「頂いた情報を元に、以下のようにまとめました。・・・(中略)・・・が・・・情報が足りていません。赤文字部分に対応下さい。火曜日、出社したら即実施してください。このペースだと、耐環境性に関する部分は私のレビュ準備が間に合わないので、dさんに全て説明してもらうことになりますよ。」
「同じ理由でミーティング欠席2回目ですよね。もはや『根性で再発防止します』を許容できないレベルです。先日のチームミーティングで宣言している通り、ご自身で再発防止を考えて、『忘れない仕組み』を考案して宣言し実行に移してください。」
「何の回答もないまま、既に二日経っていますが、どうなってますか?」

3.裁判所の判断

⑴ 地裁の判断

ア fチーム長の言動
・ 周囲の従業員に聞こえ、かつ、厳しいと受け取られる態様で指導・叱責があった。
・ dは担当業務を計画通りに遂行できないことが度々あった。
・ fチーム長の指導・叱責は業務改善のためであり、業務上の必要性があった
・ dの人格否定等はなく業務上必要かつ相当な指導等の範囲を超えるものではない。
・ 認定基準の「上司とのトラブルがあった」の「上司から、業務指導の範囲内である強い指導・叱責を受けた」に該当し、心理的負荷の強度は「中」
イ 過大な業務
・ 平成31年2月以前の時間外労働時間数は多い月でも約19時間
・ dが業務過多により過大な時間外労働を余儀なくされていたとはいえない。
・ 予定時期に業務を終了できなくても、改めて時期設定される等、柔軟に変更されていた。
・ ペナルティが課せられたとか工場に損失が発生していたことはない。
・ 週1回以上のミーティング等において業務の進ちょく状況を具体的に把握し、本件チーム所属の従業員2名をdの業務の補助に充てていた。
・ 認定基準の「達成困難なノルマが課された」の「ノルマではない業績目標が示された(当該目標が、達成を強く求められるものではなかった)」又は「ノルマが達成できなかった」の「業務目標が達成できなかったものの、当該目標の達成は、強く求められていたものではなかった」に該当し、心理的負荷の強度は「弱」
ウ 結論
心理的負荷の程度は「中」にとどまり、業務と本件疾病の発病との間に相当因果関係なし

⑵ 高裁の判断

ア fチーム長の言動
・ 業務の処理状況・業績目標の達成具合等につき、少なくとも周囲の従業員に聞こえ、かつ、厳しいと受け止められるような態様で指導・叱責することがあった。
・ dはfチーム長から、他の従業員の面前において威圧的な叱責を受けることが反復・継続してあったというべき
・ 認定基準の「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」場合のうち、「他の労働者の面前における威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃」が行われ、かつ、当該「行為が反復・継続している」ものとして、心理的負荷の程度が「強」に該当するか、又は少なくとも「強」に近い「中」に該当すると評価するのが相当である。
・ この評価は、fチーム長のdに対する叱責等が上司による注意指導として業務上の必要性を否定されないものであったとしても、直ちに左右されるものではない。
・ 本件会社は、上記のような心身状態のdに対し、安全配慮義務を負うものとして、dの心身状態に即した適切な対応が強く求められていたが、特段の対応をしていない。
・ dが受けたパワーハラスメントについて、dが本件会社に対して相談しても適切な対応がなく又は本件会社がパワーハラスメントがあると把握していても、改善されなかった。
・ 心理的負荷「強」
・ 個々の上司の対応の当否や個人的責任の有無、会社の使用者責任の有無が問題となるような事案ではないので、上司等に権限等があろうがなかろうが意味がない
イ 過大な業務
・ dはfチーム長から、納期を達成できなかったことにより強い叱責を受けていたものであり、認定基準の「達成困難なノルマが課された・対応した・達成できなかった」の「ノルマが達成できなかったことにより強い叱責を受けた」として心理的負荷「中」
・ 「ノルマ」は損失の発生や責任の追及、ペナルティの存在を不可欠な要件としない。
・ 時間外労働はそもそも抑制されるべきであるから、労働時間の状況から、dが達成を強く求められるものではない業績目標を示されるにとどまっていたと評価するのは不相当
ウ 結論
心理的負荷の程度は「強」であり、ほかに強い心理的負荷を受ける出来事があったとはうかがわれないから、本件疾病の発病は、業務との間に相当因果関係が存在し、業務起因性があると認められる

4.まとめ

fチーム長の指導・叱責は、周囲からも厳しいとの評価があるものの、チーム長としては必要な指導の範囲との評価もありました。fチーム長の指導態様やメールの内容を見ると、指導を受けた方は心理的な圧力を感じるであろうと思われるものの、指導目的のものであり、裁判所が認定する通り人格を否定するような言動は見られません。感覚的なものかもしれませんが、相手をバカにしたような言い方をしたり、マウントをとるような言動、王様気取りの言動の場合にはパワハラに当たると思いますが、まじめさ、愚直さ、管理者としての使命を全うしようとの意思を感じる場合は指導の範囲のように思います。
本件では地裁と高裁とで判断が分かれており判断が難しい事案だと思いますが、高裁の上司等に権限があろうがなかろうが関係ないとか、労働時間に関する評価には疑問を感じます。時間外労働が抑制されるべきなのはその通りですが、だからといって本件で認定された労働時間において厳しいノルマが課されていた評価できるでしょうか。また、上司や会社の責任の問題ではないと判示しますが、労災で業務起因性が認められた場合、使用者や会社に損害賠償請求がなされれば、過失や安全配慮義務違反を否定するのは事実上困難です。私見としては地裁の判断に同意見です。

この記事の監修者:岡 正俊弁護士


岡 正俊(おか まさとし)

杜若経営法律事務所 弁護士
弁護士 岡 正俊(おか まさとし)

【プロフィール】
早稲田大学法学部卒業。平成13年弁護士登録。企業法務。特に、使用者側の労働事件を数多く取り扱っています。最近では、労働組合対応を取り扱う弁護士が減っておりますが、労働事件でお困りの企業様には、特にお役に立てると思います。

当事務所では労働問題に役立つ情報を発信しています。

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