退職者が設立した同業他社に顧客の約3分の1が移ったものの退職者の責任が否定された裁判例

退職者が設立した同業他社に顧客の約3分の1が移ったものの退職者の責任が否定された裁判例

使用者側から退職した元従業員に対し、在籍時のミスに基づく損害賠償請求と顧客引き抜きによる損害賠償請求がなされた事案についての裁判例(大阪地裁R6.12.20判決)をご紹介致します。

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1.事案の概要

原告は、介護保険法に基づく居宅サービス及び居宅介護支援事業等を営む特定非営利活動法人です。

被告は、原告においてケアマネージャーとして勤務していましたが、令和4年3月31日に原告を退職しました。なお被告は、原告と雇用契約を結ぶ前、個人事業のケアマネージャーとして居宅介護支援事業を営んでおり、30名程度の利用者を担当していたところ、原告との雇用契約締結に際し、原告に全て引き継ぎました。
被告の退職後、原告は大阪市から2点ほど不備(モニタリングの不実施、担当者会議の不開催)を指摘され、介護報酬の一部である131万2944円を大阪市に返還しました。
被告は、令和4年1月、居宅介護支援事業を営む法人を設立し、同年5月1日以降、新たに事業所(以下「新事業所」といいます)を開業して居宅介護支援事業を営んでいます。退職に際し、被告は自身が担当していた利用者に対し、自ら事業を立ち上げることを伝え、原告に残るか、被告が引き続き担当するか意向を確認しました。
原告事業所の利用者のうち要介護認定を受けている利用者は、令和4年4月時点で94名でしたが、新事業所に移転する者が出たことから、同年5月以降、58名に減少しました。

2.裁判所の判断

⑴ ミスについての債務不履行の成否・損害賠償請求の可否

裁判所はまず、使用者から被用者への損害賠償請求について、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し損害の賠償を請求することができると解するのが相当であるとしました。

このような判断枠組みに基づき、大阪市から指定された点について被告のミスを認めたものの、被告が多くの利用者を担当していたことからミスが生じても無理からぬところがあり、行為自体の悪質性は乏しいとしました。他方、原告については、不備の点検等により対応することが可能であったなどとして、損害の公平な分担の見地から、損害賠償請求は信義則上全部が制限されるべきであるとしました。

⑵ 利用者の引き抜きについて

まず、被告の行為について、利用者に対し、被告が引き続き担当するか、原告に残って他のケアマネージャーに担当してもらうかをあくまで利用者の意思に委ねており、積極的に働きかけたり勧誘したりしたわけではないことからすると、一般的な退職の挨拶の範疇を超えるものではないとしました。
原告の事業所利用者のうち介護認定を受けている利用者が94名から58名と従前の約3分の2に減少した点については、ケアマネージャーは利用者等との人格的な信頼関係が重視されるから、転職に伴い、利用者が引き続き担当を希望することはやむを得ないとし、被告が積極的に働きかけを行っていないことからすると、被告の行為が直ちに違法であると評価することはできないとしました。
これに加え、もともと19名の利用者は被告が個人事業として担当していたことも考慮されています。
このような事情から、被告の行為は、いまだ社会通念上許容されないものとはいえないとして、誠実義務に違反しないとしました。

3.まとめ

本判決が述べるように、使用者から労働者に対する損害賠償請求は、損害の公平な分担の観点から制限されます。このような考え方は、使用者は労働者の労働力によって利益を得ていること、使用者はリスクを回避したり分散したりする方策をとることが可能であること等に基づくものです。具体的な判断枠組みは本判決が述べるとおりです。判断枠組みの本件事案への当てはめでは、裁判所は被告の失念によるものであることは認定したものの、原告側の対応によって損害の発生を回避することが可能であったと判断しています。
顧客の引き抜きの点については、顧客(利用者)が94名から58名に約3分の2に減少した点は、裁判所でも重く受け止められていると思います。しかし本件では、被告が積極的な働きかけを行っていないこと、ケアマネージャーという顧客との信頼関係が重視される職種であったこと、労働者側が入社前から担当していた顧客であったこと等から、被告の責任が否定されました。
使用者側からすると厳しい判決かと思いますが、結果として損害を受けたとしても、労働者には請求できないという前提で、日頃からリスク管理を行う必要があるかと思います。

 

 

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この記事の監修者:岡 正俊弁護士


岡 正俊(おか まさとし)

杜若経営法律事務所 弁護士
弁護士 岡 正俊(おか まさとし)

【プロフィール】
早稲田大学法学部卒業。平成13年弁護士登録。企業法務。特に、使用者側の労働事件を数多く取り扱っています。最近では、労働組合対応を取り扱う弁護士が減っておりますが、労働事件でお困りの企業様には、特にお役に立てると思います。

当事務所では労働問題に役立つ情報を発信しています。

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